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道灌

「おもしろ古典落語」の81回目は、『道灌(どうかん)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「ご隠居さんの家には、いろんな絵が掛かってますね」「掛け軸が好きでな」「これはどういう絵なんですか? ちょろちょろ流れてる細い川のそばに、しいたけがあおりをくらったような帽子をかぶった男が、虎の皮のももひきはいて突っ立ってる。こっちにゃ、洗い髪の女が、お盆の上にレェスカレーをのっけて、おじぎをしてる…」「何てぇ絵の見方するんだ、八っつぁんにかかっちゃ、かなわねぇな。しいたけがあおりをくらったような帽子てぇのはあるか、騎射(きしゃ)笠といって、騎馬から弓を射るときにかぶる笠だ」「へぇー」「洗い髪でなく、さげ髪。お盆にのってるのは、山吹の花だ」「で、このさむらいってのは、誰なんです?」

「太田道灌。江戸城を造った人だ」「うそだい。『江戸城は徳川家康が造った』って、あっしのじいさんがいってましたよ」「江戸を大きな都市に発展させたのは家康だが、最初に城を築いたのは道灌だ」「そうか、じゃ、徳川さん、太田さんから城を買ったんだ。安く買ったんだろうな家安(家康)というくらいだ」「妙なシャレだな」「その道灌さんがどうかしたのかい?」「お鷹狩りに出かけた。すると、にわかの村雨だ」「夕立じゃねぇか」「夕立とは違うな。春先に降る雨が春雨、その次に降るのが村雨。五月が五月雨(さみだれ)」「六月が耳だれ」「そんな雨があるか、六月は梅雨(つゆ)だ。夏が夕立、冬は時雨(しぐれ)という」「夕方、暗くなるやつ」「それは日暮れだろ。道灌公、雨具の用意がない。かたわらを見ると一軒のあばら屋があった」「油屋ですか?」「あばら屋、粗末な家をあばら屋という。雨具を借用したいと訪れると、中から二八(十六歳)あまりの女が出てきて、顔を赤らめて、山吹の花を一枝盆にのせ『お恥ずかしゅうございます』と差し出したのがこの絵だ」「田舎娘で気がきかねぇんだな、殿さまが雨具を貸してくれっていうのにね、雨を払っていけっていうのかい」

「おまえさんにわからないのは無理もない。道灌公にもわからなかった。考えていると、ご家来の一人に豊島刑部(ぎょうぶ)という人がいて、『おそれながら申し上げます。むかし、醍醐天皇の皇子に、兼明(かねあきら)親王というおかたがあり [七重八重 花は咲けども山吹の 実のひとつだに なきぞかなしき] というのがございます。山吹というのは実のないもの。これは [実]と[蓑(みの)] を掛けたもので、お貸しする蓑はございません、というナゾでございましょう」』。こういわれた道灌、小ひざを打って、『ああ、余は歌道に暗いのう』と、そのまま城へ帰ったが、その後一心不乱に勉強してりっぱな歌人になった」

「へぇー、一枚の絵にも、いろんな物語があるもんなんですね。そういや、あっしの家にもちょくちょく友だちの道灌がくるから、今度その手を使ってやろう」ご隠居に、ひらがなで歌を書いてもらって表に飛び出した八っつぁん、折からの夕立。長屋に帰ると、いいぐあいに友だちのクマ公が飛びこんできました。しめたとばかり「傘を借りにきたんだろ」「いや、傘は持ってる。ちょうちんを貸してくんねえかな。これから本所の方に用足しに行くんだが、暗くなると困るんだ」「ちょうちん? へんな道灌がきやがったな。傘貸してくださいっていえ、そうすりゃ、ちょうちん貸してやらぁ」「じゃ、しょうがねえ。傘貸してくれ」

「へっ、来やがったな。てめえが道灌で、オレが女だ。こいつを読んでみな」「ななへやへ はなは さけども やまぶきの……こりゃ都々逸(どどいつ)か?」「てめえは、歌道に暗えな」

「かどう? ああ、角が暗えから、ちょうちん借りにきたんだ」


「8月10日にあった主なできごと」

1232年 御成敗(貞永)式目制定…鎌倉時代の執権北条泰時は、武士の権利、義務、罰則などを51か条に定めた日本で初めての武士の法律『御成敗式目』を制定しました。その後長い間、武家社会に関するとり決めるときのお手本となりました。

1693年 井原西鶴死去…江戸時代に「浮世草子」とよばれる庶民のための小説を数多く著した井原西鶴が亡くなりました。

1830年 大久保利通誕生…明治維新をおしすすめた西郷隆盛、木戸孝允とともに「維新の三傑」とよばれ、明治新政府の土台をささえた指導者大久保利通が生まれました。

 

* 13日から夏季休暇が入るため、次回は20日となります。 

投稿日:2012年08月10日(金) 05:02

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)