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そこつ長屋

「おもしろ古典落語」の64回目は、『そこつ長屋(ながや)』というお笑いの一席をお楽しみください。

ある長屋に、そそっかしい人間がふたり、隣あって住んでいました。片方はマメでそそっかしい八五郎、もう一方は無精でそそっかしい熊五郎で、兄弟と同じように仲よしの間柄。ある日のこと、八っつぁんが、いつものように浅草の観音様にお参りをして帰り道、雷門を抜けて広小路にさしかかると、黒山の人だかりです。

「少々うかがいますが、大勢さんが立っていますが、なにかありましたか?」「生き倒れだそうです」「生き倒れ? なにかの見世物ですか」「人が倒れてるんです」「そうですか、あっしにも、見せておくんなさい」「あたしも見たいんですが、これだけ大勢の人ですから、なかなか前へ進めません」それじゃ奥の手を使おうと、ハっつぁん、前の人の股ぐらをくぐって、一番前に顔を出しますと、そこに町役人らしい人が立っています。

「さぁ、みんな、ボンヤリいつまでも見てないで、後ろの人にかわりなさい。おや、おかしなところからはい出してきた人、あんたこっちへいらっしゃい」「へぇ、ありがとうござんす」「礼なぞいらない。コモをまくって、この生き倒れの顔をよく見て、もし知ってる人だったら、そういっておくれ」「へぇ、あれ、ずいぶんよく寝てますね」「寝てるんじゃない、死んでるんだ」「死んでる? じゃ、『生き倒れ』じゃなくって、死に倒れじゃないか」「そんなことより、どうだ、おまえさんの知ってる人じゃないか?」「ありぁ、こりゃ、熊のやろうだ!」「お前さんの知ってる人かい?」「おんなじ長屋の隣同士、生れたときは別々でも、死ぬ時も別々ってぇ仲だ」「当たり前じゃないか」「そうさ、当たり前の仲よしなんだ。しっかりしろっ!」「もう、死んでるんだよ」「なんで死んだんだ、わけをいえ」「馬鹿なこといってないで、すまないが、この人のおかみさんにでも、知らせてくれないか?」「こいつは、一人もんだし、親戚もいない」「それじゃ、兄弟みたいにしているあんたが、ひとまず引き取ってくれませんか?」「そりゃ、ダメだ。あとで、あのやろう、うめぇこといって持って行っちゃった……なんて、痛くもねぇ腹をさぐられてもこまる。じゃ、こうしましょう、ここへ当人を連れてきましょう」

「熊っ、開けろ! クマっ(どんどん戸をたたく)」「なんだい、兄貴、ばかにあわてて、どうした?」「どうしたはねぇだろ、落ち着いてる場合じゃねぇだろ」「なんかあったのかい?」「おめぇって男は、なんてなさけねぇヤツなんだ」「いけねぇ、またしくじったか」「いいか、よく聞けよ、おめぇは、雷門の前で行き倒れなんだぞ」「生き倒れって、死んでるんだろ。まだ起きたばかりで死んだ心持ちはしねぇけどな…」「おめぇ、夕べはどうしてた?」「浅草へ飲みに行って、五合くれぇ飲んだかな、ブラブラ歩きながら帰って来た」「どこを通って?」「観音様の脇を通って…」「それから?」「覚えてねぇ…、でも家にはちゃんと帰ってる」「それが何よりの証拠だ。お前は悪い酒を飲んで当たったんだ。観音様の脇まできたんだが、我慢が出来なくなって、それっきりよ。死んだのも気がつかないで、帰ってきたんだ」「へぇ、そうだったのか」

「あらら、また来たよ、さっきの人だ。どうだい、間違っていただろ」「冗談いっちゃいけねぇ、ちゃんと本人を連れてきました。おう、熊っ、まだ死骸はさっきのままだ」「あのね、しっかりしなさいよ。しょうがない。本人という人、死骸をよくごらん」コモをまくると、当人、役人が止めるのも聞かず、死体を抱いて、「トホホ、これがオレか。なんてまあ浅ましい姿に……こうと知ったらもっとうめえものを食っときゃよかったな。でも兄貴、何だかわからなくなっちまった」「何が」「抱かれてるのは確かにオレだが……、

抱いてるオレは、いってぇ、誰なんだろう」


「3月23日にあった主なできごと」

1910年 黒沢明誕生…映画『羅生門』でベネチア国際映画祭でグランプリを獲得した他、『七人の侍』『生きる』『椿三十郎』など、数多くの映画作品の監督・脚本を手がけ、国際的にも「世界のクロサワ」と評された 黒沢明 が生まれました。

投稿日:2012年03月23日(金) 05:06

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)