「おもしろ古典落語」の42回目は、『元犬(もといぬ)』というお笑いの一席をお楽しみください。
浅草は蔵前あたりの八幡さまの境内に、まっ白な犬がいました。みんなでかわいがっていますから、食べ物にもこまりません。おとなしくて人間に吠えつくこともなく、「可愛い犬だね、こんど生まれかわるときは、人間に生まれ変わるよ、むかしから白い犬は人間に近いっていうからね…いいかい、シロ、人間になるんだよ」なんてことを、毎日まいにち頭をなでられていわれるものですから、犬もその気になって、人間になれますようにと八幡さまに、三七・二十一日願をかけるようになりました。祈りが通じたのか、満願の日の朝、一陣の風が吹くと、毛皮がふっ飛んで、気がつくと人間らしい形に変わっています。
「待てよ、ありがたいことに人間になったようだけど、すっぱだかだよ。よわったな、どこかに着物がないかしら」境内をみまわすと、奉納された手拭いがあります。それを腰のあたりに巻きつけましたが、参拝にきた人がその姿を見て、キャッといってにげていきます。あっちいったりこっちいったりウロウロしていると、向こうから、犬の時分にかわいがってくれた上総(かずさ)屋という口入れ屋のご主人がやってきます。
「こんにちは」「おどかすんじゃないよ、なんだいお前さん、すっぱだかで、追いはぎにでもあったのかい?」「あのー、どこかで働きたいのですが…」「働きたい? おかしな人だね、でも、私の商売が、よくわかったね」「へぇ、毎日見てますもんで」「じゃ、お前さん、わたしを知ってるわけだ」「毎日、頭をなでてくれました」「わたしには覚えはないが、まぁいい、働きたいんだな。今、人をさがしてたとこだが、見れば年かっこうもいいし、体格もいい…、ところで、おまえさんの親ごさんとか親類は?」「なんにもありません」「そんな裸でいるところを見ると、遠くからきて…身ぐるみぬすまれて困ってるんだろ。見かけで人を判断しちゃいけないが、おまえさんはおとなしそうだし、これも何かの縁だ、どうだね、うちに来るかね?」「はい、ありがとうございます」「そうそう、私の羽織を貸してあげるから、これを着なさい…おいおい、頭からかぶってどうするんだ」…。
てなわけで、ひとまず上総屋の主人の家に連れてこられた元犬のシロですが、なかなか犬の癖が抜けません。すぐ、はって歩こうとするし、足を拭いた雑巾の水はのんでしまうわ、鼻をピクビクさせるわ、干物を食わせれば頭からかじるわ。あっというまに飯びつをからにさせ、「2、3日なら、何も食べずにいられます」といいます。「おまえさんはかなり変わっているから、変わった人が好きな、変わった人を紹介しよう」と、近所の隠居のところに連れていきます。
「上総屋さん、いましたかな、ひょうきんな人が…」「はい、ぴったりの男がいました。ただ、困ったことに身元引受人がありませんで、てまえが引受人ということではいかがかと」「ほう、あなたが、そうまでおっしゃるところをみると、よっぽど正直者のようだね」隠居は、シロが色白の若い衆なので気に入り、引き取ることにしました。
ウチには古くからお元(もと)という女中がいるから、仲よくしとくれと念を押すと、根掘り葉掘り、身元調査がはじまります。生まれはどこだと尋ねると、金物屋の裏の掃きだめだといいます。お父っつぁんは表通りの呉服屋のブチらしくて、お袋は隣町の毛並みのいい黒についていったまま帰らない。兄弟は三匹で、片方は大八車にひかれ、もう片方は子どもに川に放りこまれてあえない最期。「年はいくつだ」「3つです」「そうか、23歳だな」「名前は?」「シロです」「白吉とか白蔵とかいうのか?」「いえ、ただのシロです」「ああ、只野四郎か、いい名だ。今茶を入れてあげよう。鉄瓶がチンチンいってないか、見ておくれ」「はい」シロがいきなりチンチンを始めたので、さすがの隠居もビックリ。「茶でも煎じて入れるから、焙炉(ほいろ)をとんな。そこのほいろ」「うー、ワンワン」「ふざけちゃいけないよ、ホイロだ」「ワンワン…ワンワン」「飛びついちゃいけない、こまったな、上総屋を呼んできなさい…おーい、お元や、元はいぬか?」
「はい、今朝ほど、人間になりました」
「10月6日にあった主なできごと」
1866年 孫文誕生…「三民主義」 を唱え、国民党を組織して中国革命を主導し、「国父」 と呼ばれている 孫文 が生まれました。
1954年 尾崎行雄死去…明治・大正・昭和の3代にわたり、憲法に基づく議会政治を擁護し、清廉な政治家として活躍した 尾崎行雄 が亡くなりました。