「おもしろ古典落語」の32回目は、『化けもの使い』というお笑いの一席をお楽しみください。
人使いの荒いことで有名な隠居がありました。日本橋にあった桂庵という、私設の職業安定所から、何人も紹介されて来ますが、あんまりきつくて、だれも長く勤まりません。もく兵衛が紹介されて来てみると、仕事はみんな片づいているといいます。「たいした仕事はないが、物置に薪が10ぱばかり手ごろに割ってもらおう。それが終わったら縁の下にある炭を適当な大きさに切っておくれ。ついでに縁の下のクモの巣を払って、天井裏のクモの巣も払ったついでにネズミの死骸や糞もキレイに掃除して、塀のイタズラ書きを消したらその下の どぶを掃除して、隣の家の前を掃除したら反対側の家の掃除をして、ついでに向こう三軒もきれいにしとけ。その間に手紙を書くから、品川まで行ってきな。ついでに浅草まで回ってもらおうか」。今日は骨休めだから、明日からみっちり働いてもらう、という。こんな人使いの荒い隠居にも、もく兵衛はいやな顔一つ見せずに、モクモクと仕事をこなして3年勤め上げました。
来月引っ越しすることになりましたが、引越し先が「化け物屋敷」とのうわさされる屋敷だったので、さすがのもく兵衛、暇(ひま)をもらいたいと申し出て、了承してもらいました。なんとか引越しまで手伝ってあげました。「ご隠居さま。もう主人でもなきゃ、家来でもねぇ。おらぁ、ひとこといいてぇことがあるだよ」「なんだよ、改まって」「おめぇさまは、桂庵にやれば、すぐに代わりがくるなんて思ってやんべぇけど、いやぁとってもこねぇ。おめぇさまの評判が悪すぎるだからな。心を改めて、ほうぼうへ頼んでいい人をさがしてもれぇなせぇ」「そうするよ、おおきにご苦労だった。お前のような男はいままで一人もいなかった。ひまを出すのは惜しいがしかたがねぇ」「もうそろそろ夜になりますんで、おいとまいたします」
その晩、隠居は一人になって読み物をしていると、ゾクゾクとしてどこか様子がおかしい。風邪かと思ったら、「ほーッ 出たね!化け物だ…!」、出てきたのは一つ目小僧です。「せっかく出てきたんだから、ここのお膳を片しな」。流しで洗い物をさせて、はねた水を拭かせて、水瓶の水を足したら、こっちに来て布団を敷け。「いやな顔するな! 涙流して泣くんじゃない!」。終わったら肩をたたかせ、明日からはもう少し早く出ておいでといいます。
翌日の晩、またゾクゾクしたら大入道が出てきました。お膳を片して、洗い物もすませ布団を敷かせ、一つ目小僧と同じ事をさせます。肩をたたかせてみると痛いので、庭の石灯籠を直させ、屋根の上のぺんぺん草を取らせて、部屋にもどると「お前は10日に一ぺんでいいから、普段は一つ目を早い時間に来るようにいいな。来るときは『ゾーっ』とさせるなよ」。そんな小言を言っていると消えてしまいました。
次の晩もゾクゾクとすると、こんどは女が現れました。顔を上げてみるとノッペラボウです。まじまじと見ていると恥ずかしそうにしているので、「もじもじするこたぁない。なまじ目鼻があるために苦労している女はいくらでもいるんだから」。まず、着物のほころびを直させ、戸棚に足袋の汚れたのを洗えの、やはり女の方が華やいでいいと、これからはお前に出てきてくれとリクエスト。墨で顔を書いてあげようかなといってるうちに、いつのまにか消えてしまいました。
次の晩は心待ちに待っていると、障子の向こうに大きな狸がいるではありませんか。「ああ、そうか。お前だな、毎晩いろんなものに化けて出てきたのは」「そーさようでございます」「まぁ、いいや。もっとこっちへ来い…なんだい、涙ぐんでやがるな…どうした、具合でも悪いのか?」「いいえ、ご隠居さまにおねがいがございます」「願いだと? 何だ」「へぇ、いろいろお世話になりましたが、今夜限り、お暇をいただきとうございます」「暇をくれだと?」
「あなたさまのように、こう化け物使いが荒くっちゃあ、とても辛抱できません」
「7月29日にあった主なできごと」
1856年 シューマン死去…「謝肉祭」 「子どもの情景」 などを作曲し、ドイツ・ロマン派のリーダーといわれるシューマンが亡くなりました。なお、有名な「トロイメライ」は、全13曲からなる「子どもの情景」の7曲目に登場する曲です。
1890年 ゴッホ死去…明るく力強い『ひまわり』など、わずか10年の間に850点以上の油絵の佳作を描いた後期印象派の代表的画家ゴッホが亡くなりました。