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長屋の花見

「おもしろ古典落語」の17回目は、『長屋の花見』というお笑いの一席をお楽しみください。

四季を通じて人の心持ちが浮きうきするのが春です。春は花なんてことを申しまして、まことに陽気です。「おい、花見に行ったってじゃないか」「おう、きのう飛鳥山へ行ったが、たいへんな人だぜ、仮装なんか出ておもしろかった」「そうかい、花はどうだった?」「花? さぁ、どうだったかな」花見というのは名ばかりで、たいていは人を見に行くか、騒ぎに行くらしいようで……。

「大家さん、おはようございます。長屋の者がそろってやってきましたが、なにかご用でしょうか」「ああ、みんな来たかい。そこじゃ話が遠いから、みんなこっちへ入んな」「いえ、もう結構です。あのー、店賃(たなちん)でしたら、もう少し待ってもらいたいんですがねぇ」「何だ、店賃だと? おれが呼びにやると、すぐ店賃と思ってくれるのはうれしいけど、今日は店賃の催促じゃないよ」「ああ、そうですかい、じゃ、店賃はあきらめましたか」「ばかいってもらっちゃ困る。あたしもな、あんな長屋貸しておくんだから、店賃を満足に取ろうなんて考えちゃいないが、雨露をしのいでいるんだから、精だして、入れておくれよ」「雨露といいますがね、こないだの大雨の時なんぞは、家ん中にいられねぇで、表へかけだしたもんなんですよ」「大げさなことをいうな」「えへへ、何しろ寝ながらにして月見ができるんですから、風流な家ですよ。あっしら、重しのかわりにいるようなもんで、いなけりゃ、大風で吹き飛んでしまいますからね」

「ばかなことはそのへんにしておけ。うちの長屋のことを、『貧乏長屋』なんぞといってるやつがいることは知っている。ひとつ貧乏を追っ払うために、景気をつけて、上野の山へ花見にでも出かけようと思うんだがどうだ」 酒も一升瓶を3本用意したと聞いて、一同大喜び。ところが、酒といっても、番茶を煮だして薄めたもので、お茶けでお茶か盛りをしようというのです。玉子焼きとかまぼこの重箱も用意したといっても、中味はたくあんと大根のおこうこ。下に敷くという毛氈(もうせん)も、むしろの代用品です。

まあ、向こうへ行けばがま口ぐらいは落ちているかもしれないと、さもしい料簡で出発しました。はじめから意気があがらないことはなはだしく、ようやく着いた上野の山は今満開で、大変な人だかり。毛氈のむしろを思いおもいに敷いて、みんなで丸くなって座ると、一升瓶と重箱をまん中におきました。「さぁ、湯のみ茶碗をくばって…さぁ、遠慮なく飲んだのんだ」「誰がこんな酒飲むのに遠慮なんかするもんか、ばかばかしい」みんなしぶしぶ飲みながら文句をいっています。

「おい、酒なんだから、ついでもらったら喜ぶもんだ。えっ、どうだい口当たりは? あま口か、から口か?」「しぶ口!」「しぶ口なんて酒があるか。いい味だろ?」「いい酒ですね、宇治ですかい?」「宇治はお茶だ。おい、おまえはさっきから何も飲んでねぇな」「酒は飲めねぇんで」「だったら、食べものがあるだろ。卵焼きをお食べ」「このごろすっかり歯が悪くなっちまって、卵焼きは刻まないと食えねぇんで」「卵焼きを刻むやつがあるか」「大家さん、あっしは、かまぼこをいただきます」「おーい、かまぼこだそうだ、とってやれ」「あっしは、このかまぼこが好きでしてね」「そうかい、そいつはよかった」「ええ、毎朝、刻んでおつけの実に使います。このごろは、練馬へ行きましても、かまぼこ畑が少なくなりました。あっしはどっちかっていうと、かまぼこの葉っぱが好きで…」「かまぼこに葉っぱがあるか、もういいよ、だまっておあがり」

「すみません、卵焼きをひとつもらおうかな」「うまいな、向こうの人がこっちをひょいと見たよ。おーい、卵焼きだそうだ、とってやれ」「うん、しっぽじゃないとこ」「なんだ、何にもならねぇじゃないか。どうだ、みんなはさっきから飲んだり食ったりしてるが、誰も酔わねぇなぁ、酔っ払いの一人も出て、けんかの一つもなけりゃ花見らしくないじゃないか。向こうじゃ、『甘茶でかっぽれ』を踊ってるぞ」「こっちは『番茶でさっぱり』だ」

「おい、今月の月番、景気よく酔っぱらっとくれ」「いえね、大家さん、酔わねぇふりをしろってえならあっしもできますが、お茶飲んで酔ったことはないんで、誰かほかに…」「無理は承知の上だ、あたしゃ恩にきせるわけじゃないよ、だけどおまえにゃずいぶんめんどうをみてるはずだよ…」「じゃ、つきましては…『酔いました、えー、べらんめぇ』」

「そんな酔っぱらいがあるか、もうおまえはいい、来月の月番、ひとつうまく酔ってくれ」「はっはっ、来たな。しゃねぇや『さぁ、酔った、酔ったぞー』」「おう、ずいぶん早いなぁ」「ほんとにおれ酒飲んで酔ったんだぞー、ほんとだぞう」「ことわらなくていい」「ことわらなくちゃ、気が違ったと間違わられちゃうからなぁ…『貧乏びんぼうっだってばかにすんな、借りたもんなんざ、どんどん利息つけて返してやらぁ』」「こいつは威勢がいい、その調子だ。どうだ酔った気分は?」「うーん、去年の夏、井戸へ落っこちたときとそっくりだ」「変な心地だな、でもおまえだけだ、酔ってくれたのは。どんどんお酌してやれ」「さぁ、ついでくれぇ、あっ、こぼしゃがったな…おやっ、大家さん!」「どうした?」「近ぢか長屋にいいことがありますぜ」「どうしてそんなことがわかる?」

「この湯のみに、『酒柱』が立ちました」


「3月31日にあった主なできごと」

1727年 ニュートン死去…万有引力を発見したことで有名なイギリスの物理学者・数学者ニュートンが亡くなりました。

1732年 ハイドン誕生…ソナタ形式の確立者として、モーツァルト や ベートーベン に大きな影響力を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家ハイドンが生まれました。

1889年 エッフェル塔完成…フランス革命100周年を記念したパリ万博のシンボルとして、この日エッフェル塔が完成しました。当時300mという世界一の高さを誇り観光客にはたいへん人気となりましたが、鉄骨むきだしの姿はパリの美しい景観をそこねると賛否両論の声があがりました。

1906年 朝永振一郎誕生…量子力学の研究の中から「超多時間理論」をまとめ、それを発展させた「くりこみ理論」を発明した功績によって、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎が生まれました。

1970年 よど号ハイジャック事件…100余名を乗せた日本航空旅客機「よど号」が、富士山上空を飛行中に、赤軍派学生9名にのっとられました。わが国初のハイジャック事件。犯人たちは北朝鮮へ亡命したいと要求、よど号は福岡と韓国のソウル金浦空港を経由して北朝鮮の美林飛行場に到着しました。乗員と乗客は福岡とソウルで解放されたものの、身がわりとなった山村新治郎運輸政務次官と犯人グループは北朝鮮に向かい、山村氏はその後帰国、犯人グループは亡命をはたしました。

投稿日:2011年03月31日(木) 08:17

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)