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王子のきつね

「おもしろ古典落語」の14回目は、『王子のきつね』というお笑いの一席をお楽しみください。「王子」といっても童話の王子様ではありません。江戸にある地名で、当時はうらさみしい場所でした。

昔話にでてくる「きつね」というのは、愛嬌のある化け方をする「たぬき」とちがって、どちらかというと陰険でたちの悪い化け方をします。風呂だといっては野良の糞尿(こい)だめの中に人をつけたり、酒だといって馬の小便を飲ませたり、ぼた餅だといって馬糞を食べさせたり…。でも、きつねはまた、稲荷の使い姫といって、信仰の厚い方は、とても大切にします。

王子稲荷の近くの稲村の陰に、一匹のきつねがいました。頭に草を乗っけ、ひょいとひっくりかえると、たちまち22、3歳の若い女に化けました。それを不思議そうに見ていたある若い男、「(やっ、化けた。いい娘に化けたもんだね。誰を化かそうっていうんだろう?  誰もいないよ。ていうことは、このおれを化かそうってんだ。やだよ、逃げよう。でも、追っかけてくるんだろうな。そうだ、化かされたつもりで、向こうを化かしてやろうか)…そこにいるの、お玉ちゃんじゃありません?」

「あらっ、まあぁ、兄さん。しばらく」「(しばらくだってやがる。こっちは会ったこともないのに。でも向こうに合わせておかないと、こわいからね) どうも、しばらくでした。どちらへ?」「ええ、今お稲荷さまへお詣りして、その帰りにあんまりお天気がよくて気持ちがいいから、裏手をぶらぶら歩いていたの」「そうかい、じつはおれもお稲荷さまへお詣りにいった帰りよ、それにしても、よくおれのことを覚えていてくれたねぇ。お玉ちゃんもすっかりきれいになって、どうです、せっかくだから、ちょっといっしょに飯でも食いませんか」「あたしは構わないんですけど、兄さんこそ、あたしみたいな者といっしょではご迷惑じゃありません?」「とんでもねぇ、そんなら、この先に扇屋という料理屋があるんです。そこへ行って、ゆっくりお話をいたしましょう」

料理屋の2階に上がって、さかずきのやりとりをするうち、お玉ちゃんはすっかり油断して、いい心持ちになってしまいます。「兄さん、あたしすっかり酔っちまったわ」「うん、そういやぁ、だいぶいい色になったねぇ。ちょっとやりすぎたんですね。そこへ、横んなって、…いいさ、おれとお玉ちゃんの仲じゃないか、この座布団を2つに折って、枕がわりにして…そうそう、で、いい頃を見計らって、起こしますから、安心してお休み、あたしはここで飲んでいますから」

お玉ちゃんはぐっすり寝込んでしまいました。それを見届けた男は、そうーっと階段を下りると「お帰りでございますか?」「しーっ、静かにしておくれ、いまね、2階で連れの女が寝たところだから…なぁに、ちょっと飲みすぎて、頭が痛いとかいってるから寝かしたんだ。心配はいらねぇ…ちょっと思い出したんだが、この先におじがいるもんでね。またってぇのはおっくうだ、ちょっと来たついでに顔だししようってやつだ。なんかこう、土産になるようなものはないかい? えっ、卵焼き? あっ、それを3人前ばかり折につめておくれ。…それから、勘定はね、2階の連れからもらっとくれ。いいかい、ちゃんと財布を預けておいたから。まだしばらく寝かしておいて、こっちから起こしちゃいけないよ。目をさましたら、用足しがあって、おれは帰ったとそういっておくれ。…折詰ができた? じゃ、よろしくたのむよ」

いっぽう料理屋の方では、そろそろ勘定をというので、2階に仲居さんが上がってお玉ちゃんに声をかけますと「…まぁ、すっかり酔ってしまって…あいすみません。あらっ、連れの者はどうしました?」「なんでも、ご近所に親戚がおありなので、ちょっと顔だしをしてくるとか、卵焼をお土産にお帰りになりました」「まぁ、そうですか。人を寝かしたままで帰っちゃうなんてひどい人ですわね。で、こちらのお勘定は?」「それが、あなたさまからいただくようにと……」

ビックリしたとたんに、きつねは神通力を失ったのでしょう。口が耳まで裂けると、耳がピーン立って、後ろから太い尻尾がニューッと飛び出してきましたから、仲居さんは驚いて部屋を飛び出し、階段を踏みはずしてガラガラガラ…ストン。かけつけた男どもが「やや、こりゃきつねめ。さては先ほど帰った男も、うむ、太いやつだ」と寄ってたかってさんざんに打ちのめしましたから、きつねはたまらず、命からがら逃げだしました。そこへ扇屋の旦那が帰って事情を聞くと、男どもを一喝しました。

「ここはどこだ? 王子だぞ、うちの店がこうやって繁盛しているのも、みんなお稲荷さまのおかげなんだ。おきつねさまてぇのは、お稲荷さまのお使い姫ぐらいのことは、お前たちも知ってるだろう。そのおきつねさまが、わざわざ来てくださったんだ、日頃の恩返しに、うんとごちそうしてお帰し申すのがあたりまえだ、それを殴ったり、たたいたりして、とんでもねぇやつらだ、誰だ、殴ったのは?」こうして、扇屋では店を閉め、お詫び詣りに、みんなでお稲荷さんへ出かけて護摩をあげるという大騒ぎ。

そうとは知らず途中でずらかった若者は、卵焼の土産を持って友だちの家を訪ねます。きつねをだました自慢話をすると、「馬鹿ったれ、きつねは稲荷の使いだぞ。そんなイタズラをすれば必ずたたるから、ぼた餠でも持ってわびに行け」とさとされて、翌朝きつねに出あったあたりに来てみると、子ぎつねが遊んでいます。聞けば、おっ母さんが人間に化かされたあげく、全身打撲で床にふしているといいます。さてはと合点して平謝り。ぼた餠を子ぎつねに渡すと、ほうほうの体で逃げ帰りました。

子ぎつねは、ウンウンうなっている母ぎつねに、「おっかさん、人間のおじさんがボタ餠を持ってあやまりに来たよ。食べようよ」

「お待ち。たべちゃいけないよ。馬の糞かもしれない」


「3月23日にあった主なできごと」

1910年 黒沢明誕生…映画『羅生門』でベネチア国際映画祭でグランプリを獲得した他、『七人の侍』『生きる』『椿三十郎』など、数多くの映画作品の監督・脚本を手がけ、国際的にも「世界のクロサワ」と評された 黒沢明 が生まれました。

投稿日:2011年03月23日(水) 06:39

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)