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ジブリ美術館の 「小さなルーヴル美術館」

先日、地元の井の頭公園内の片隅にできた 「三鷹の森 ジブリ美術館」 にはじめて出かけました。「となりのトトロ」 「もののけ姫」 「千と千尋の神隠し」 などアニメーション映画の話題作を毎年のように世界的にヒットさせているスタジオ・ジブリ。そのアニメーション制作の仕組みを中心に展示したり、オリジナル短編映画の上映、ミニ遊園地のある楽しい美術館ということで、連日のように親子連れや若い男女でにぎわっていることはよく知っていました。完全予約制のチケットを手に入れるのも至難のわざというのを耳にしていたため、1992年の開館以来、美術館の前はよく通るものの、一度も入場したことはありませんでした。

最近、新聞報道で 「小さなルーヴル美術館展」 が、ジブリ美術館にお目見えしたということを知り、どんなものなのか見てみたいと思っていました。わずか80平米の狭い室内に、世界最大といわれる 「ルーブル美術館」 をどのように見せるのだろうかという点に最大の興味がありました。

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「小さなルーヴル展」 に入るとすぐに、上半身裸の二人の美女がいて、右の女性が左の女性の乳首をつまんでいる絵(フォンテーヌブロー派「ガブリエル・デストレとその妹」)が飾られていたのに、まずびっくりさせられました。たしかに、ルーブル美術館を代表する絵に違いありませんが、子どもたちがたくさん出入りする場所に? と思ったからです。でも、その疑問はすぐに払拭しました。

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メインの部屋に入ると、原寸を半分以下にした複製画がぎっしり三方の壁面に目白押しに飾られています。中心は、裸体を含む美しい女性たちです。新古典派のダビッド(「レカミエ夫人」 「サビーニーの女たち」 など) とその弟子のアングル(「グランドオダリスク」 「トルコ風呂」 「バルパンソンの浴女」 など)、アングルと長い間対立していたロマン派のドラクロア(「サルダナパールの死」 「アルジェの女たち」 など) の作品群です。19世紀半ばごろに対立した2派が、とてもよく調和しているのを改めて感じました。

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ある母子の会話が聞えました。「どうして裸の人が多いの?」 「絵かきさんって、きれいだなと思ったものを絵にするのね。女の人の裸ってきれいだな、絵にしておきたいなって思ったんでしょうね。どう、きれいでしょ?」 「うん、どれもきれいだね」

そうなのです。感受性の豊かな、物事をありのままに受け入れる幼児・児童期に名画に慣れ親しみ、とりわけ印象深い裸体をふくむさまざまな女性たちが描かれた作品群にふれるうち、きれいなもの、美しいものを素直に受け入れる感性を、豊かに育くんでくれるにちがいありません。

そのほか、子どもたちを惹きつける工夫はあちこちにありました。壁面のいくつかにのぞき窓があって、ひとつをのぞくと、小さな部屋が見え、そこにはレンブラント(「テシバの沐浴」など) やコロー(「真珠の女」) らの名品がところせましと飾られていました。もうひとつの窓をのぞくと、セーヌの流れや遠くにノートルダム寺院が臨まれ、まさにルーブル美術館の窓からみえる風景をミニチュア化していました。

ルーブル美術館の1番人気の 「モナリザ」 は、原寸大で小さな一室に収められていました。防弾ガラスでおおわれた、人々の肩越しから本物を見るより、こちらのほうがよく鑑賞できそうです。その隣には、「モナリザ」 の背景にとり入れられている、スフマート(空気遠近法) といわれるダ・ビンチ独自の画法のしくみが、何の解説もなく展示されているのも興味深いものでした。そのほかエジプト王のお棺の部屋、ルーブルの目玉となる2つの彫刻、勝利の女神 「サモトラケのニケ」、愛の女神 「ミロのビーナス」 のミニチュアもあって、この狭い空間に、よくぞ 「ルーブルのさわり」 を表現したものだと、企画者の意図に感銘しました。そして、こういう複製画であっても、子どもたちに名画の数々にふれさせる場所があちこちにあってほしいものという思いを、再確認したものでした。

なお、 「ジブリ美術館」 の一般展示の内容、チケットの入手方法などは、ホームページに詳しく載っています。

投稿日:2008年06月26日(木) 09:57

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コメント (1)

tom:

フスマート ではなく
スフマート です。

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)