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「エスキモー」か「イヌイット」か

1980年代以前は、カナダやアラスカなど北極圏にすんでいる人たちのことを「エスキモー」という名称で呼んでいました。雪や氷で作ったイグルーという家に住み、魚や海獣を捕まえて暮らし、カヤックや犬ぞりによる移住生活をしてきた人たちです。ところが一部の人たちが「エスキモー」という呼び方は、生肉を食らう者という意味なので、これは差別表現だといいだしました。そのため、1990年前後から、新聞や出版など一部日本のマスコミも「エスキモー」をやめて「イヌイット」を使い始めました。こうした動きに文部省(現文部科学省)も静観できず、1993年度の中学校教科書、1994年度の高校教科書検定から、原則として「エスキモー」という呼称を使わない方針を明確にしました。これを契機に「エスキモー」は差別語とされてしまったのです。
そんな報道が過熱したためでしょう。当社のシリーズ「子どもワールド図書館」の24巻「カナダ・アラスカ」にも「エスキモー」とあり、この表現は差別用語ではないかという問い合わせが多く舞いこみ、販売を中止した要因のひとつになってしまいました。
いっぽう、放送大学スチュアート・ヘンリ研究所の論文に『「エスキモー」はそもそも差別語ではないし、従来「エスキモー」と呼び習わされてきた人びとすべてを「イヌイット」に改称することは不都合である。では、どう呼べばよいだろうか。「エスキモー」と呼ばれることに不快感をいだくカナダの場合、「イヌイット」と呼ぶべきだろう。カナダでは方言の差はあるものの、互いに意味が通じ合うことばを話し、現在の国家体制において共通したアイデンティティをもつようになっているので、「イヌイット」に統一することに問題はない。グリーンランドはカナダと同様にイヌイットしか住んでいないが、彼らは「エスキモー」といわれることを嫌っておらず、英語やデンマーク語では「エスキモー」という呼称が一般的に使われている……』と発表するなど、文部省の対応の不備を指摘する声がまきおこりました。
こうして、当時の文部省が教科書から「エスキモー」を排除したりしたのは、実はきちんとした議論もないまま、「社会風潮に従っただけ」ということになり、当時の差別用語とみなされることばに対する魔女狩り風潮、マスコミの生かじり知識、そして何よりも検定を担当した民族学者の認識不足と糾弾されるにいたりました。
最近は、「イヌイット」(エスキモー)または逆にする例、カナダに住むイヌイットと表現したり、本人たちが「エスキモー」と言う場合は訂正しないという傾向があります。また、教科書によっては「イヌイット」から「エスキモー」に戻っているものもあります。
なお、カナダ大使館のホームページには、『カナダには、世界のイヌイット(以前はエスキモーと呼ばれた)のおよそ4分の1が住んでいる。現在、そのほとんどは、大陸北岸沿いや東西4,000キロ、5つの時間帯 にまたがる北極諸島に点在するおよそ40の小集落に住む。近代技術によって輸送・通信が便利になり、健康管理と厳しい気候からの保護が進んだ結果、イヌイットの生活は暮らしやすくなった。かつての犬ぞりはほとんどがスノーモービルや全地走行車(ATV)、乗用車、トラックに替わり、モリはライフルに替わった。そしてあの懐かしいドーム型の雪の家「イグルー」は、セントラル・ヒーティング、電気、電化製品、給水施設などが整った建物となり、今では狩りのときだけしか使われなくなった……』と記されています。
投稿日:2007年05月15日(火) 08:50

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)