前回(5/8号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第24巻「カナダ・アラスカ」 の巻末解説を記します。
「カナダ・アラスカ」 について
[カナダ] カナダは、国土の広さにも、大自然の美しさにも、天然資源の豊かさにも、産業の開発にも、すべてめぐまれた国です。
しかし、めぐまれすぎているほどにみえる、この国にも、かくされた大きな悩みがあります。それは、国を構成している人びとの、人種的な複雑さが生みだしている問題です。なかでも、もっとも顕著なものは、国民の50%をしめるイギリス系の人びとと、30%をしめるフランス系の人びととの、内的なまさつです。
カナダの開拓に、最初にのりだしたのはフランス人でした。ところが、あとから入ってきたイギリス人が武力でフランス人たちを制圧し、この北アメリカ大陸の北半分を、イギリス支配の国にしてしまいました。
現在の、イギリス系の人びとと、フランス系の人びととの精神的な対立は、もとはといえば、この開拓時代の争いに端を発しているのです。
カナダ国内では、表面的には、イギリス系カナダ人とかフランス系カナダ人などとはいわず、すべての人びとが 「われわれはカナダ人」 だと主張しています。しかし、実生活のうえでは、静かな対立意識が、いまだにはっきりと残っています。
たとえば、住民にイギリス系が多いかフランス系が多いかによって、性格の違った市や町が生まれています。国の公用語は、英語とフランス語です。英語だけではフランス系の人たちが承知しないのです。そのため、駅のアナウンスはその2か国語でくりかえし放送され、道路標識なども同じく2か国語併記で示されています。また、イギリス系の人とフランス系の人との結婚には、いまだに、むずかしい問題が残っています。
開拓時代の対立とは別に、両国系の人びとのあいだには、どうしてもとけあうことのできない民族性もあります。しかし、カナダが近代国家として発展していくためには、国土や産業の開発と同時に、あるいはそれ以上に、両国系の人びとの真の連帯がのぞまれています。カナダの人びとが、カナダ人として、名実ともに一つにまとまることが、たいせつなのです。しかし、それまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
ところで、このカナダや、アメリカや、アフリカなどの開拓国を理解しようとするとき、忘れてはならないものがあります。それは、原住民たちの問題です。インディアンやエスキモーや黒人たちは、開拓という名のもとに、侵入者たちに犠牲をしいられてきました。開拓は、原住民たちの犠牲のうえになりたったといってもよいのです。しかも、開拓後の原住民たちは、ほとんどといってもよいくらい、暗い谷間に追いやられたままです。
日本を知るためには、日本の歴史をひもとくのと同じように、開拓国を知るには開拓史を見つめ、そこに生きつづけた原住民たちのことを、しっかりととらえることが、たいせつではないでしょうか。
[アラスカ] アメリカ合衆国49番目の州であるアラスカといえば、すぐ、エスキモーのことを考えます。しかし、わたしたちは、エスキモーは氷上生活者であることをのぞけば、この極地の人びとのことをほとんど知りません。
エスキモーは、もともとアジア系の民族です。エスキモーのたくましさや、生活の知恵の深さなどを、いちどは学んでおきたいものです。
* なお、「エスキモー」は差別用語で、「イヌイット」と表現すべきではないかと言う問い合わせが数多くあり、この件については、後日記します。