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わたしのぼうし

10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第26回目。

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「わたしのぼうし」(作・絵 さのようこ ポプラ社刊)のあらすじは、次の通りです。
……たいせつにして、いつもかぶっていたわたしのぼうしが、きしゃの窓から吹きとばされてしまいました。おとうさんが 「とんでいったのが、おまえでなくて、よかったよ」 と言ってくれても、おかあさんが、えきでアイスクリームを買ってくれても、わたしはかなしくてたまりませんでした。つぎの日、おとうさんが、新しいぼうしを買ってくれました。でも、わたしのぼうしのようでなくて、かぶりませんでした。けれどある日、あまりに暑いので、そっとかぶると、ちょうちょがとんできて、ぼうしにとまったのです。わたしはうれしくなりました。そしてこの時から、その新しいぼうしをかぶるようになりました。新しいぼうしが、やっと、わたしのぼうしになったのです。

● 物語の奥を読み取る力
とんぼとりに行くときも、動物園へ行くときも、デパートへ行くときも、「おかあさん、ぼうし、ぼうし」 と言って、いつもかぶった、少し古くて少しよごれた、かわいいぼうし。そしてこのぼうしを、うっかりなくしてしまった少女……。31ページの絵本 「わたしのぼうし」 は、この少女の悲しみと、心のやさしさをえがいたものです。そして、この絵本を読んだ子どもたち(小学校1、2年生) も、物語の主人公の気持ちを、いっしょうけんめいに思いやっています。
「きしゃのまどから、とんでいって、ひろいのはらに、ぽつんとのこされたぼうしのことが、しんぱいだったのね。だから、アイスクリームも、たべられなかったのね」 「この女の子のきもち、とっても、よくわかるよ。ぼくだって、ジャイアンツのぼうしが、かぜにとばされて、川をどんどんながれていったとき、とおくへいってしまうぼうしをみながら、なみだが、ぽろぽろ出たんだよ」「大好きなぼうしを、なくしたのも、かなしかったけど、ほんとうは、だれもいないのはらで、ひとりぼっちになった、ぼうしが、かわいそうだったのね」
ただ、ぼうしをなくしたから、悲しいのではない、ひとりぼっちになったぼうしがかわいそう……これは、たいへん深い思いやりです。しかも、さいごにちょうちょがぼうしにとまって、少女が、やっと新しいぼうしをかぶるようになったところでは、子どもたちはこう言っています。
「あのちょうちょは、きしゃのまどからとんでいった、古いぼうしの、おつかいだったのね、きっと」 「女の子が、古いぼうしのことを、いっしょうけんめい、しんぱいしたから、古いぼうしが、もう、しんぱいしなくていいよって、ちょうちょを、おつかいによこしたんだ」 「ちょうちょには、この子のやさしいきもちが、わかったのね。だから、はやく、あたらしいぼうしを、すきになってほしかったのね」 「あたらしいぼうしを、すきになってよかったね。もしかしたら、古いぼうしは、ひろいのはらで、かわいいうさぎさんたちの、おうちになっているかもしれないよ」
この物語のなかには、少女は、野原でひとりぼっちになったぼうしがかわいそうで悲しかったのだ、というようなことは、ひとことも書かれていません。また、ちょうちょが、古いぼうしのおつかいだったのだ、というようなことも、全く書かれていません。

● 読書力を深めるすばらしさ
しかし、この絵本を読んだ子どもたちは、まだ小学校1、2年だというのに、文字で書かれていないところにまで思いを広げて、感銘を深めています。ここに、子どもをすぐれた文学作品にふれさせることの、かけがえのないすばらしさがあるのです。
もちろん、ここまで読みとることを、すべての子どもに期待することはできません。この絵本を読んで 「たいせつにしていたぼうしをなくして、かなしかったでしょうね」 という感想に終わっている子どもも、たくさんいます。本の読みとり方は、ひとりひとり異なるのがとうぜんだ、ということからすれば、その読みとり方がだめだということは、けっしてありません.
でも、どんな子どもでも読書力 (文字を読む力と、作品の内容や主人公の心を読みとる力) がついてくれば、親がびっくりするほど、深い読書ができるようになることだけは、十分に知っておくことです。
たった1冊の絵本が、子どもの心をどれほど豊かにすることか、それは、はかりしれません。もし、わが子に、この 「わたしのぼうし」 を読ませるのならば、少なくとも2回か3回は読ませてみてください。きっと、やさしい目をむけて、すばらしい感想を聞かせてくれます。なんどでも読み返すことができる……これが、一過性のテレビには要求することのできない、読書のすばらしさでもあるのですから。

なお、この本は、「えほんナビ」でも紹介されています。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=1857

投稿日:2006年05月02日(火) 09:16

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)