10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第30回目。
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「一房の葡萄」(有島武郎作)のあらすじは次の通りです。
西洋人町の小学校に通っている僕は、同じクラスのジムが美しい西洋絵の具を持っているのがうらやましくて、ふとジムの机の中から、絵の具を2色、ぬすんでしまいました。でも、すぐジムたちに気づかれて、先生のところへつれていかれました。
ところが西洋人の女の先生は 「自分のしたことをいやなことだったと思いますか」 とたずねただけで、なにも叱りません。そして窓近くの葡萄棚から一房の葡萄をもぎとると、僕の手にのせ、つぎの1時間は先生の部屋にいるように言いつけて教室へ行ってしまいました。やがて授業を終えてもどってくると 「そんな悲しい顔をしなくてもよろしい。あすはどんなことがあっても学校に来なければいけませんよ。あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ」 と言って僕を家へ帰しました。
つぎの日僕は、 やさしい先生の顔だけを見たくてやっとの思いで学校の門をくぐりました。ところが、ジムがとんできて握手を求めたのです。僕とジムが先生の部屋へ行くと、先生はにこにこしながら、また一房の葡萄をもぎとりました。そして銀のはさみでまん中からぷつりと切って、二人の手へ……。
● 一房のぶどうにこめられた、先生の愛を読み取る
この名作『一房の葡萄』を読んだ子どもたち(小学校中〜高学年) がもっとも感銘を受けているのは、先生のやさしさです。子どもたちは、白い手で一房の葡萄をもぎ取ってくれた先生を心に描きながら、そのやさしさへの感銘を読書感想文にしるしています。
「なんてやさしい、なんてあたたかい先生なんだろう。わたしは先生のやさしさに、なみだがでてきて、そっと、心のなかで先生って呼んでみた」
「先生は、ぬすみをしてしまった少年の悲しい気持ちを、あたたかく、やさしく思いやってあげたんだ。しかるのではなく、あたたかくつつんであげたんだ」
「先生は、少年をいちども叱らなかった。叱るどころか、一房のぶどうを少年の手にのせて、もう泣くんじゃない、そんなに悲しい顔をしなくてもよろしいと、少年をはげましてあげた。この先生は、ほんとうの先生だ」
「先生はクラスの子どもたちを、みんな同じように、いっしょうけんめいにかわいがっていたんだ。口でなにかを教えるのではなく、心で、みんなにたいせつなことを教えたんだ」
「少年とジムを仲なおりさせたのは先生のあたたかさだ。少年は、ぶどうをとってくれたときの先生の白い手をいつまでも忘れないと言っているが、わたしだって、こんなすてきな先生がいたら、一生忘れない」
「先生は、悲しい心で家へ帰っていく少年に、あすはどんなことがあっても学校へくるのよ、あなたの顔を見ないと私は悲しく思いますよ、きっとですよ。と言った。そして、かばんの中にそっとぶどうの房を入れてくれた。少年には、これが、どんなにうれしかったろう。少年の心をすくったのは、先生の深い深い愛だ」
子どもたちは、先生のやさしさに心からうたれているのです。小学3年生のある子どもは 「どんな先生だろう。きっと、金ぱつの美しい先生にちがいない。いつも花のにおいのする、そばにいるだけであったかくなるような先生にちがいない」 と言っています。
物語のなかには、ジムが、なぜ自分から仲なおりをしてきたかについては、なにも語られてはいません。しかし、子どもたちは、これを、ちゃんと読みとっています。
「先生は、少年を、わざと自分の部屋にのこして教室へ行った。先生はこのとき、授業はしないで教室のみんなに、ぬすみをしてしまって苦しんでいる少年の気持ちを話して聞かせたんだ。少年をせめないで、少年の気持ちをあたたかく思いやることのたいせつさを、みんなに語って聞かせたんだ」
「ジムは、先生に言われて、しぶしぶ仲なおりをしたのではない。きっと自分から、少年とあく手をすると言いだしたんだ。ジムにも先生のあたたかさが、よくわかったんだ」
子どもたちは、色の美しい絵の具が欲しくて、つい、ぬすみをしてしまった少年の気持ちを 「わたしにも、欲しいものを見てそんな気持ちになったことがあった」 などと、自分とかさねあわせて考えています。そして、欲望に負けないで自分自身とたたかうことのたいせつさを、あらためて思いなおしています。
この作品から、子どもたちが強く感じとったものは、心に傷を負った少年に一房の葡萄を与えた、先生の、神のようなやさしさです。
この作品を読んだ子どもたちは、一房の葡萄にこめられた愛を、決して忘れることはないでしょう。
なお、この作品の原文は、下記で読むことができます。
http://www.asahi-net.or.jp/~aq3a-imi/syoko/kindai/arisima/hitofusa.html