10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第7回目。
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● 心の落ち着きのある人間に
本を読むことは、人の心を豊かにします。考える心を育てます。知識を豊富にします。……これらは一般的にいわれる読書の効果であり、この効果が期待されるからこそ、読書のたいせつさが説かれるのでしょう。
ところが、このほかに、もうひとつ大きな効果があります。それは、「ひとりで本を読む」 という行ないが、「孤独に耐える人間」 「落ちつきのある人間」 を、つくるということです。
事実、活溌すぎる子をもつ母親が、よく 「ときには、静かに本でも読んでくれたらいいのに」 とぐちをこぼします。これは、本でも読んでくれたら、すこしは落ちつきのある子になってくれるだろう、という期待の表われにほかならないでしょう。
では、「本を読む行ない」 が、なぜ、落ちつきのある人間をつくるのでしょうか。また、その 「落ちつき」 は、どのような 「力」 になって、その人のうえに表われるのでしょうか。
孤独に耐える心と、心の落ちつき……まずこれを生みだすものについて考えてみますと、とうぜん、本から得るものによって、その人が思慮深くなっていくことが、第一にあげられましょう。しかし、これだけではなく、「思慮深くなっていく」 ことに、まさるとも劣らない要因があります。それは 「本を読む行ない」 そのものが 「孤独のいとなみ」 であるということです。しかも、その 「孤独のいとなみ」 は、たんに 「一人でなにかをする」 こととは、質がちがいます。
たとえば、子どもが一人でマンガに熱中している姿を考えてみますと、たしかに、これも孤独のいとなみであることに変わりはありません。しかしマンガを読むことには 「楽しい遊び」 としての要素が強く、自分から挑んでいく、あるいは、心をたたかわせる、という深いものは望めません。プラモデルを作る、電子ゲームに熱中する、人形遊びや折り紙に夢中になる……というのもやはり同じでしょう。
● 深い思考力
ところが、本を読むということは、たとえ 「楽しい読書」 という言い方はしても、本質的には遊びではありません。目で追えば理解できるものでも、目で見ながら手を動かせばよいというのでもなく、頭と心で、本の内容に、あるいは未知の世界に挑んでいかなければ、理解できません。
つまり、本を読むことには、より深い思考がともなわなければなりません。また、本を読む過程では、目に見えない疑問や迷いと、心をたたかわせなければなりません。さらには.わからないこと、理解できないことに、自分ひとりの力で、うちかっていかなければなりません。そのうえ、それらの、深い思考、疑問とのたたかいなどを、持続していかなければなりません。
本を読むといういとなみを、このように見てくると、読書が 「孤独に耐える人間」 「落ちつきのある人間」 をつくることと、いかに深いかかわりがあるかがわかります。ひとりでプラモデルや電子ゲームに、どんなに夢中になれる子どもでも、その子が、それらの遊び道具からはなれると、多くの場合、落ちつきを失ってしまいます。それは、物と遊ぶこと、悪くいえば物に遊んでもらうことは知っていても、「心の世界に遊ぶ」 「思考の世界にひたる」 ことを知らないからです。
つまり、読書の習慣がほんとうに身についた人は、たとえ遊び道具などがなくても、たとえ長時間たったひとりでも、自分の心の世界で遊ぶことを知っているから、孤独に耐えることも、落ちついていることもできるのです。また、自分から求めて何かを得ていくことを知っているから、どんなときにも、あわてないでいられるのです。
● 学業成績の向上にも大きな効果
では、この 「ひとりで考える落ちつき」 が、どんなにたいせつか、これを、子どもの勉強に表われる具体例で明らかにしてみましょう。
それは、本を多く読む子どもは、読書ぎらいの子にくらべて、行ないが思慮深いうえに、学業成績もすぐれているということです。これは、どこの学校でも証明されていることですが、 なぜでしょうか。
本を多く読む子どもといっても、読んでいる本の多くは童話や物語であり、直接、教科に関係のある本ではありません。また、本人たちが、学業成績にプラスすることを意図して読んでいるのでもありません。
ところが、結果として、勉強にプラスになっているわけですが、これこそ、本を読むことによってしぜんに培われた 「主体的に、ひとりで時間をすごす能力」 「わからないことに挑みかかっていく意志」 「ひとつのことに深く集中する落ちつき」 などが、大きくえいきょうしているのです。ひとくちにいえば、ものごとに自分からすすんで落ち着いてとりくんでいく心がまえが、本を読む習慣のなかで育ち、それが、よい勉強、よい学習態度につながっていったのです。
● 身についていく孤独に耐える力
このことは、学生時代の勉強にかぎったことではありません。本を読むという 「主体的ないとなみ」 の習慣を身につけた人は、社会人として仕事に追われるようになっても、家事に追われるようになっても、それにおぼれてしまわないでいることができます。
忙しい暮らしのなかででも、読書をとおして、自分を見つめる時間、自分の心と語る時間を、もちつづけることができるからです。
なお、読書が 「孤独に耐える心」 を培うということについては、つぎのようなことも実証されています。それは、老後の問題ですが、それまで本を読む習慣を身につけてきた人は、老後も、読書を楽しむことによって孤独にうちかっていくことができる、しかし、ひとりで読書を楽しむことを身につけていない老人の多くは、自分自身で孤独に耐えるすべを知らないがために、どうしても心が荒れていくというのです。といって、 読書のいとなみを知らなかった人が、さあ老境に入って暇ができたから本でも読もうと思っても、それは大変むずかしいことです。
「自分ひとりの時間を主体的に楽しむ」 読書の習慣を、身につけるか、つけないかが、その人の全人生に、さまざまな形で影響するものであることを、もっともっと知ることが必要なのではないでしょうか。
子どもには、できるだけ早い時期から、読書の習慣をつけてやりたいものです。自分から学びながら、落ちつきのある人生を歩ませてやるために……。