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かわいそうなぞう

10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第13回目。

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「かわいそうなぞう」 (土家由岐雄文・金の星社刊) のあらすじは次の通りです。
戦時中、空襲がはげしくなった東京の上野動物園。空襲を受けて猛獣がおりから逃げだしては危険だというので、トラやライオンなどといっしょに、3頭のゾウも殺されることになります。ところが、りこうなゾウは、毒入りの餌をやってもたべません。毒を注射しようとすると、針が折れてしまいます。そこで、ついに、餌も水も与えずに餓死させることに……。

● みんなが涙を流し、みんなが泣き
「わたしは、ないてしまいました」 「むねがいたくなって、ながいこと、なみだがとまりませんでした」 「むねがジーンとなって、なみだが、ふきだしました」 「ぼくは、もう、声をあげて泣きたかったです」 「ぼくは、わんわん、なきたいようなきもちでした」 「いっしょによんでいたおかあさんも、なみだをボロボロながしていました」 「よこで、よんでいたおかあさんの声も、とちゅうから、ふるえていました」 「このお話をしてあげると、おばあちゃんも、ほそい目から、なみだをボロボロこぼして泣いていました」……。
これは 「かわいそうなぞう」 を読んでの感想文につづられている、子どもたち(小学校1〜6年生)のことばです。
感想文にみるかぎり、この 「かわいそうなぞう」 ほど、子どもたちの涙を、そして母親たちの涙をさそった本は、ほかにありません。かりに1万人の子どもと母親が読んだとしたら、1万人のすべてが、この本のページに消えることのない涙のしみをつくったに違いありません。
これほどまでに涙をさそったもの、それは、戦争の犠牲になって餓死させられていったゾウへの悲しみです。えさ欲しさに、よろよろしながら芸をしてみせ、ついには、ばんざいの芸をしたまま死んでいったゾウへの、かぎりない悲しみです。そして、もうひとつは、かわいいゾウを、命令で、どうしても殺さなければならなかった「ゾウがかりの、おじさん」 の心への思いやりです。
もちろん、この物語にこめられているほんとうの願いは、たんに、ゾウの死への涙をさそうことではありません。ゾウの死をとおして叫ばれている真の願いは、いうまでもなく、ゾウを殺させた戦争の悪、なんの罪もない動物たちまでも死に追いやった戦争のいまわしさです。
つまり、この 「かわいそうなぞう」 の話は、戦争を知らない子どもたちに 「戦争とは、こんなにもおかしなものだ、こわいものだ、おろかなものだ」 「だから、再び戦争をおこしてはならないのだ」 ということを、さとらせようとしたものですが、その願いは、涙がとまらないほど、ゾウの死への悲しみが深ければ深いほど、大きく果たされています。

● 悲しみと感動の奥で戦争を考える
子どもたちは 「なみだが、とまりませんでした」 につづけて、なんどもくりかえして書きしるしています。
「せんそうは、ざんこくです」 「せんそうは、みんなを、ふこうにするのだ」 「なんで、せんそうなんかしたんやろ」 「せんそうは、だいきらいだ」 「戦争なんて死んでもいやだ」 「ぼくが、ゾウがかりだったら、せんそうを、やめてくれ、やめてくれと、泣きながらさけんだと思います」 「人間を殺し、動物を殺し、国をメチャメチャにする戦争は、もう、ぜったいにしてはいけない」 「ふつうは人をひとり殺しても大きなつみになるのに、せんそうは、たくさんの人や動物を殺しても、どうしてへいきなんだろう」。
子どもたちには、なぜ戦争が起こるのか、地球上から、なぜ、戦争がなくならないのかなどは、まだ、わかっていません。しかし、この1冊から、戦争は 「いけない」 ということだけは、純粋に感じとっています。そして 「ぼくは、平和を守ることを考えるにんげんになろうと、つよく思った」 「平和でないと、人も動物も、しあわせにはなれないのだ」 などと、平和のたいせつさをも感じとっています。
また、この本に接した子どもの半数以上が、ゾウとゾウがかりのおじさんへの悲しみをおさえきれずに、あるいは戦争へのにくしみをおさえきれずに、父母や祖父母と、戦争について、戦争で死んでいった人たちのことについて、さらに原爆のおそろしさについて、語りあっています。「せんそうって、ほんとうに、こんなだったの?」 という子どもの声に、父母、祖父母が 「ええ、もっともっとひどかったのよ。こんなこともあったのよ」 と、語りかけてやっています。
さあ、こうしてみると、この 「かわいそうなぞう」 という、たった1冊の本の力が、いかに大きいかがわかります。戦後生まれで戦争を語ってやれない親でも、この1冊を子どもに与えることで、また、子どもと読みあうことで、わが子に戦争を伝えてやることもできます。
子どもたちは、この物語を、いつまでも忘れないはずです。このとき戦争をにくんだことを忘れないはずです。それは、すべての子どもの感動をよびおこすものが、この本にあったからではないでしょうか。感動こそ、子どもの心を豊かにする、もっともたいせつなもの、だから、読書はすばらしいのです。

なお、この絵本は「えほんナビ」のホームページでも、詳しく紹介している。

投稿日:2006年04月13日(木) 09:09

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)