10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第23回目。
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「ひさの星」(斉藤隆介作 岩崎ちひろ絵・岩崎書店刊) のあらすじは次のとおりです。
11歳のひさは、無口な、おなごわらし。小さな子がイヌにおそわれたとき、ひさは、小さな子の上にかぶさって、その子を守ってやり、自分はイヌにかまれてけがをしたのに、だれにも、なにも言わない女の子でした。ある雨の多い夏、水かさがました川へ、男の子が落ちました。男の子は助かったのですが、ひさの姿は見えなくなってしまいました。「ひさが、ひさが」 と泣きさけぶ男の子。やがて雨がやむと、東の空に青白い星がひとつ……。
● ほんとうのやさしさとは何か
「ひさちゃん、犬にかまれて、いたくなかったの?」 「ちゃいろの水にしずんでいって、こわくなかったの? くるしくなかったの?」 などと語りかける子どもたち(小学1・2年生) は、この作品を読んで、まず第1に、ひさの心のやさしさに、いちように強くうたれています。
「ひさは、いつも、じぶんのことよりも、人のことばかり、かんがえたのね」 「ひさちゃんの心は、きっと、かみさまのように、うつくしかったんだね。だから、ひさちゃんが、しんだとき、かみさまが、ひさちゃんを、ほしにしてくださったのね」 「にんげんの心に色があるとしたら、ひさちゃんの心はどんな色だったんだろう。きっと、あのすみきった空を、きれいな水にとかしたような色だったのね」
しかし、ただ、やさしさにうたれるだけではありません。多くの子どもたちは 「こころでは、わかっていても、人をたすけるために、じぶんが犬にかまれるようなことは、わたしには、とてもできない」 「じぶんが、おぼれてしまうのがわかっていて、川にとびこむようなことは、きっと、ぼくにはできない」 などと自分の本心を見つめながら、ひさの心のやさしさは、ほんとうは何だろうと考えています。
そして 「ひさちゃんは、りっぱなことをしても、どうして、おっかあや、みんなに、だまっていたの?」 「わたしだったら、すぐ、おかあさんに、じまんして、おはなしするのに、ひさちゃんは、なぜ、だまっていたの?」 と問いかけ、そこから、ひとつのことをひきだしています。
それは 「ひさは、けっして、むくちで、おとなしい女の子だったから、だまっていたのではない」 「よその、おうちへいっても、いちばんあとからあがって、そっと、うしろにすわるようなおとなしい子だったから、いつも、だまっていたのではないのね」 ということ。
● ほんとうの強さとは何か
つまり、その問いかけから多くの子どもたちがひきだしているのは 「ひさは、きっと、だれよりもつよい心をもっていたのだ」 「むくちで、おとなしいひさは、ほんとうは、とってもつよい心をもった女の子だったのね」 ということです。
1年生の女の子が言っています。「ほんとうに、つよいこころになるには、すこしいいことをしたからって、すぐ人にはなしたくなるようでは、だめなのね。だまって、人のためにしてやれるようにならなければいけないのね。ほんとうの、やさしい心をもつことは、とっても、たいへんなことなのね。ひさちゃん、いっぱいおしえてくれてありがとう。わたしが、そらの、ひさちゃんのほしをみたときは、また、おしえてね」
子どもたちは、美しくも悲しいこの物語から、さいごには、人間の勇気というものについて学びとっています。それは、1年生の子どもにさえ 「ほんとうのゆうきは、ちからがあるから、だせるのではないのだ。ひさのような、やさしい、うつくしいこころを、もっていないと、ほんとうのゆうきは、だせないのだ」 ということが理解できたからです。また、2年生の子どもには 「ほんとうに、ゆうきのある、つよいにんげんになるには、ほんとうの、やさしい心をもたなければいけない」 ということが理解できたからです。
2年生のひとりの男の子は、このことから 「にんげんが、せんそうをするのは、きっと、心がよわいからなんだ」 と言っています。
たった30ぺージたらずの1冊の絵本から、子どもたちは、なんとすばらしいことを学びとるのでしょう。
この物語をいちどでも読んだ子どもは、岩崎ちひろのえがいた、ひさちゃんのすがたを、いつまでも忘れないのではないでしょうか。そして、夜の空にひさちゃんの星をさがしては 「ひさちゃん、私も、つよい心をもつように、がんばってるからね」 と、語りかけるのではないでしょうか。
なお、この本は、「えほんナビ」でも紹介されています。