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松竹梅

「おもしろ古典落語」の89回目は、『松竹梅(しょうちくばい)』というお笑いの一席をお楽しみください。

松五郎、竹蔵、梅吉の3人は、長屋の「なかよし三人組」といわれていました。3人揃うと「松・竹・梅」となり、名前がおめでたいというので、出入り先の伊勢屋から、お嬢さまの婚礼に招待されました。ところがこの3人、名前だけでなく、頭のほうもおめでたいので、席上どうしたらよいかわからないと、隠居に相談に行きました。

「そうか、せっかくめでたい名前をもった3人でごちそうになるのだから、ただ飲み食いしただけで帰ってくるのじゃ興がないな。どうだ、3人でお祝いの余興をやってあげたらどうだ、喜ばれるぞ」「ご隠居さんがいつか、ウーウーって豚が風邪ひいたような声を出してた、あれですか?」「おいおい、ひどいことをいいなさんな、あれは謡曲、謡(うたい)というもんだが、なかなか急におぼえられるもんじゃない。3人でやるのに、ちょうどいいのがあるから、教えてあげよう」「どんなことするんです?」

「ごちそうになって、お開きというときにだな」「お開きってなんですか?」「婚礼などのおめでたいときには、帰るだの戻るだのと、縁起の悪いことはいわない。必ずお開きというんだ」「わかりました、嫁にいったり婿にいった者が帰ったり戻ったりしたら困るからですね」「その通りだ。それで、いよいよお開きになったら、松さんが少し前へ出て『あたしたちで、ご当家のお婿さんをお祝いもうして、余興をやってみたいとぞんじます』っていうんだ。旦那は喜んで、ぜひやってくれっていうにちがいない。

まず、『なったぁ、なったぁ、じゃになった、当家の婿さん、じゃになった』とこういう」「へぇ、あっしがね」「そう。うまくなくってもいいよ。かえって愛きょうがあっていいからね。こんどは竹さんが『なんの、じゃになぁられた』とやる。それから梅さんが『長者(ちょうじゃ)になぁられた』といって、3人で『おめでとうございます』といやぁいいんだ。いいね、練習してみよう。まず松さんからだ」

「なった、なった〜、なったぁ〜」「おい、おい、納豆売りじゃないよ」「なったぁ、なったぁ、じゃになった、当家の婿さん、じゃになった」「うまい、うまい、今度は竹さんだ」「へぇ…、なんの、じゃになぁられた」「梅さんだよ」「へぇ、あっしですね。やりますよ、えーっと、『大蛇(だいじゃ)』になぁられた」「ばかぁ、そんなこといったらぶちこわしじゃないか。『長者になぁられた』だよ」「長者になぁられた」隠居は心配して、もういっぺん稽古したらといいいますが、もう大丈夫と、3人はそろって帰ります。

伊勢屋についた3人、いきなり「まことにご愁傷さま…」とやりかけて肝を冷やしますが、旦那は、おめでたい余興と聞いて大喜び。親戚一同も一斉に手をたたくものだから、三人、あがってボーッとなってしまいます。それでも、松五郎と竹蔵はどうやら無事に切り抜けましたが、梅吉がまた「長者になられた」を忘れ、「番茶(ばんちゃ)」だの「風邪(ふうじゃ)」だのと、とんでもないことをいいいだしたので、その都度やり直し。「なんの、じゃになぁられた」…竹蔵にぎゅっとひざをつねられた梅吉は、大きな声で……

「亡者(もうじゃ)になぁられた」


「10月12日にあった主なできごと」

1492年 コロンブスアメリカ発見…スペイン女王イサベラの援助により、西回りでインドをめざしたコロンブス隊が、71日目のこの日、中央アメリカのバハマ諸島にある島(今のサンサルバトル島)に到着しました。

1694年 芭蕉死去…各地を旅しながら紀行文『野ざらし紀行』『笈(おい)の小文』『おくのほそ道』などを遺し、「俳句」を文学の域に高めた松尾芭蕉が亡くなりました。

1769年 青木昆陽死去…江戸時代中期の儒学者・蘭学者で、日本じゅうにサツマイモを広めた功績者 青木昆陽が亡くなりました。

1960年 浅沼稲次郎死去…「日本社会党」の委員長だった浅沼稲次郎が、演説会の席上で、17歳の右翼少年に暗殺されました。

投稿日:2012年10月12日(金) 05:01

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)