児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  月刊 日本読書クラブ >  かさ

かさ

10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第43回目。



☆ 〜〜〜〜〜〜〜〜★〜☆〜★〜〜〜〜〜〜〜〜☆



● 自分の言葉で物語を作り、自分の力で感じとる

この絵本(太田大八絵 文研出版刊)には、文章がありません。どのページをめくっても、絵ばかりです。

雨の日、赤いかさをさした女の子が、おとなのかさを一本持って歩いて行きます。駅まで、お父さんを迎えにいくのです。

ぶらんこが雨にぬれている公園の前を通り、池のふちに立ちどまって、あひるの親子をながめ、友だちに会って声をかけあい、雨にすっかりぬれた犬に会い、陸橋から線路をながめ、ケーキ屋さんやショーウインドーの人形をのぞいたりしながら、 やっと駅へ。

そして、帰りは、さっきのぞいたケーキ屋さんでケーキを買ってもらい、それをだいじにかかえて、お父さんのかさにいっしょに入って……。

これだけの話ですが、なんて、楽しい絵本でしょう。女の子のかさだけが赤く彩られ、あとのかさは、すべて黒の濃淡。ページをめくりながら赤いかさを追っていくと、それだけで、あたたかい物語が伝わってくるのです。

お母さんと子どもが向きあい、お母さんがひざの上にこの絵本を立て、「さあ、お母さんがページをめくるから、お話をつくってみましょう」 と誘いかけると、子どもは、目をきらきらさせながら 「あのね、雨がふってきたからね……」 と語り始めます。

そして、お話をつくっていくうちに、女の子のちょっぴり不安な気持や、駅でお父さんに会った時のほっとした気持、それに、お父さんのあたたかさも、家で二人を待つお母さんのやさしさも、すっかり感じとっていきます。

一人でお父さんを迎えに行く女の子の、ちょっぴりおとなになったようなうれしさも、味わいとることでしょう。

ほんとうにすてきです。話を終わった時の子どもの表情、それを見ると親のほうがうれしくなってしまいます。そして、おそらく、ほとんどの親が 「絵本はいいなあ」 と思ってしまいます。自由に創造する子どもの心の美しさと、創造の中にひたった子どもの心の高まりが、体に伝わってくるからです。

もう一つ、すばらしいことがあります。それは、文章がないからこそ、子どもは、全く自由に考え、全くすなおに想像することです。

しかも、テレビの映像のように画面が流れていくのではなく、一つのページを前にしていくらでも考えることができるのですから。「えーと、えーと」 「それからね……」 などと、つっかえながら、思いっきり想像力をふくらませます。

そして、人に読み聞かせてもらって感じとるのではなく、自分の力、自分の言葉で考えて、登場人物のやさしさやあたたかさを、自分の心の中に湧きでるままに何かを感じとります。

ある著名な作家が言っています。

「わたしは、やさしい心のたいせつさも、思いやりのたいせつさも、それから、ものを空想する力も、すべて、小学校へ上がる前に母親が与えてくれたような気がする。あれは、どんなものにも代えがたい、かけがえのないものだった」

決して言い過ぎではなく、幼児期に絵本と遊ぶことを知っている子どもは、より豊かな心を育むことができるのです。

『おおきなかぶ』『ぐりとぐら』『ちいさなねこ』『ねずみくんのちょっき』など、文章の部分をわざとかくして、子どもに話をつくらせてみるのもおもしろいでしょう。

なお、この絵本は、「絵本ナビ」のホームページでも紹介されています。http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=1641

投稿日:2006年06月29日(木) 08:08

 <  前の記事 マンガと絵本  |  トップページ  |  次の記事 かさじぞう  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/583

         

2014年08月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)