10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第37回目。
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● 10数分間、森の中に生きる子どもたち
「しずかなおはなし」(サムイル・マルシャーク/文 ウラジミル・レーベデフ/絵 うちだいさこ/訳 福音館書店刊)は、3〜6歳くらいの子どもへの読み聞かせに適しているお話の一つです。それは、話のおもしろさが子どもをひきつけるというより、子どもを想像の世界に誘いこむものにあふれているからです。
「しーっ」 と口に指をあて 「さあ、静かなお話だから、静かに聞いてね。おおかみのでてくる、少しこわいお話よ」 などと語りかけて、ちょっと沈黙の時間をおきます。読み聞かせにたいせつな間(ま)です。
子どもはまばたきを止め、息を殺して待ちます。でも、頭の中には、もうおおかみが現れています。
真夜中の静かな森の道を、はりねずみの親子が、とぷ、とぷ、とぷ、とぷ、歩いていく。ところが、そこへ2匹のおおかみ……子どもは、はりねずみたちがどうなるのか心配でたまりません。話を聞いている子どもは、もう、すっぽりと森の中へ誘いこまれます。
はりねずみのお父さんが、針を逆立て身を守るように、わが子に言います。
「あたまをおかくし、まるくおなり」 お母さんも言います。
「あたまをおかくし、まるくおなり」
話を聞く子どもが耳にしているのは、本を読んでくれている人の声ではありません。はりねずみのお父さんとお母さんの、やさしい声です。
やがて、はりねずみのお父さんが、体の針でおおかみの足をちくりと刺します。でも、おおかみは、はりねずみを殺して食べようとするのをあきらめません。
(どうなるのだろう)
話を聞いている子どもは、また息をとめます。そして、はりねずみの子どもの気持をいっしょうけんめいに考えます。いいえ、考えるというよりも、自分がはりねずみの子どもになってしまい、思わず、体をまるめます。
はりねずみのお父さんが言います。
「じっとしておいで、うごかないで」 お母さんも言います。
「じっとしておいで、うごかないで」
話を聞いている子どもが耳にするのは、やっぱり、はりねずみのお父さんとお母さんの声です。そして、自分も心の中ではりねずみの子どもに語りかけます。
(こわいけど、じっとしておいで、うごかないで。うごいたらだめよ)
まもなく、鉄砲の音と犬のほえる声が聞こえて、おおかみは逃げていきます。そして、ぶじに助かったはりねずみの親子は、とぷ、とぷ、とぷ、とぷ、家へ帰っていき、森の中はまた静かになります。
読み聞かせが終って、読み手がここでまた少しだまっていると、子どももだまっています。「ぶじでよかったね」 と語りあっているにちがいない、はりねずみの親子の姿が、頭の中から消えないのです。そして、しばらくすると大きな息を一つして、やっと、物語の世界からぬけだします。
読み聞かせのあと、子どもに何かを語りかける必要はありません。この物語の主題である森に生きるものたちのきびしさと、はりねずみ親子の愛情の深さを、子どもはそれぞれに感じとっているでしょう。
かりに、それらを十分に感じとっていないとしても、物語の中に吸いこまれた数分のあいだ『森の中に生きた』ことだけでも、すばらしいことです。
本は、このような想像の世界に遊ばせてくれます。
なお、この絵本は「絵本ナビ」のホームページでも紹介されています。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=1187