児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  今日はこんな日 >  「ダイエー」 の中内功

「ダイエー」 の中内功

今日9月19日は、スーパー「ダイエー」を創業し、日本の流通革命の旗手といわれた中内功(なかうち いさお)が、2005年に亡くなった日です。

1922年、今の大阪市此花区に生まれた中内功は、旧神戸三中を経て、1941年神戸高等商業(今の兵庫県立大)を卒業後に応召し、満州やフィリピンで生死をかけた戦いの中でなんとか生きのびました。1945年11月にフィリピンから復員すると、神戸市にあった実家の薬屋を手伝いながら、闇市で商売をはじめ、少しずつ事業を拡大していきました。

1957年4月に「大栄薬品工業」を設立して製薬事業に参入しましたが、まもなく大阪の京阪本線千林駅前に、食品など消費者の欲しいものを安く提供する『主婦の店ダイエー』(ダイエー1号店)を開店すると、1958年にはチェーンストア方式を採用し、神戸三宮にチェーン化第1号店(ダイエー2号店)を開き、徹底した安売りで急速に売上を伸ばしていきました。

1962年には、渡米して流通業の研究するかたわらシカゴの大手流通企業「シテイ・プロダクツ」と提携するなど、すさまじい勢いで全国に店舗を拡大していきました。また中内は、「価格の決定権をメーカーから消費者に取り返す」を信条に掲げ、1964年には、松下電器(現・パナソニック)とテレビの値引き販売をめぐって「ダイエー・松下戦争」をひきおこします。これにひるむことなく、「安く売ることは消費者のため」を貫き、1972年には百貨店の三越を抜いて、小売業界売上高トップにまでのしあげました。

1980年には、日本で初の小売業界売上げ1兆円を達成すると、経営不振に陥ったリクルートなどを立て直し、1988年には、パ・リーグの南海ホークスを買収して「福岡ダイエーホークス」(今のソフトバンク)を誕生させ、福岡ドームの建設に着手するなど、グループを急拡大させました。

こうして一代でダイエーを創業し、一時はダイエーグルーブ売上高3兆円以上、関連企業を含む6万人以上の従業員を抱える日本一の商業集団に育て上げた中内でしたが、2001年に「時代が変わった」としてダイエーを退任。その後は、私財を投じて設立した流通科学大学を運営する「中内学園」の理事長に専念しました。


「9月19日にあった主なできごと」

1870年 平民に苗字…明治政府は戸籍整理のため、これまで武士の特権とされてきた苗字の使用を、平民にも許可しました。しかし、めんどうがってなかなか苗字をつけない人が多く、5年後の1875年2月には、すべての国民が姓を名乗ることが義務づけられました。

1902年 正岡子規死去…俳誌「ホトトギス」や歌誌「アララギ」を創刊し、写生の重要性を説いた俳人・歌人・随筆家の正岡子規が亡くなりました。
投稿日:2014年09月19日(金) 05:03

 <  前の記事 「スエズ動乱」 とハマーショルド  |  トップページ  |  次の記事 「近代批評の先駆」 河上徹太郎  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/3418

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2015年01月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)