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女性に絶大な人気を得た吉屋信子

今日7月11日は、少女小説『花物語』から、『地の果まで』『女の友情』『あの道この道』『徳川の夫人たち』などたくさんの小説や随筆を著した女流文学者の吉屋信子(よしや のぶこ)が、1973年に亡くなった日です。

1896年、新潟県に生まれ、役人で男尊女卑的考え方を持つ父の転勤により少女時代を栃木県の真岡市や栃木市ですごしました。栃木高等女学校に入学してまもなく、新渡戸稲造の講演で「良妻賢母となるよりも、まず一人のよき人間になるために学ぶことです」という言葉に感銘し、少女雑誌に短歌や物語の投稿をはじめ、卒業後に上京して作家を志しました。1916年から『少女画報』誌に10年にわたって連載した「鈴蘭」に始まる『花物語』は人気となり、「月見草」「白萩」「野菊」「山茶花」「水仙」「名も無き花」「忘れな草」など54の短編からなる連作集はベストセラーとなり、日本の少女小説の代表的作品とされています。

その間、1920年に『大阪朝日新聞』の懸賞小説に応募した『地の果まで』が1等に入選します。この作品は小学生時代からキリスト教会に通っていた体験をもとに牧師や神学生を題材にしたもので、本格的な作家としての地位をえると、続いて発表した『海の極みまで』など、キリスト教的道徳観・理想主義に基づく作品群は、第2次世界大戦前後を通じ、女性読者から圧倒的な人気をほこりました。

特に、1933年の長編小説『女の友情』は、人生を歩み始めた3人の女性を描いたもので恋愛観・結婚観・家庭観などを育てる教育的役割をはたし、1934年の『あの道この道』は1936年に映画化されたほか、没後にテレビドラマとして放映された『乳姉妹』(1985年)や『冬の輪舞』(2005年)は、この作品が原作となっています。1937年の『良人の貞操』は男性の貞操をめぐって議論を巻き起こし、1951年の『安宅家の人々』と1952年の短編小説『鬼火』は、第4回日本女流文学者賞を受賞したほか、随筆『自伝的女流文壇史』『私の見た人』を著し、晩年は『徳川の夫人たち』『女人平家』ほか、長編歴史小説も話題になりました。

遺宅は鎌倉市に寄付され、現在は「吉屋信子記念館」として、市民の学習施設、婦人の福祉教養の場として利用されています。


「7月11日にあった主なできごと」

1156年 保元の乱…後白河天皇方の平清盛、源義朝らが、崇徳上皇方の平忠正、源為義らのこもる白河御所へ未明に夜討ちをかけて打ち破りました。その結果、上皇は隠岐に流され、為義らは処刑されました。これにより、武士が政治に進出することが決定的となります。

1864年 佐久間象山死去…幕末の志士として有名な吉田松陰、勝海舟らを指導した開国論者の佐久間象山が、攘夷派の武士たちに襲われて亡くなりました。

1893年 真珠の養殖成功…御木本幸吉は、この日アコヤガイを使った貝の中に真珠ができているのを発見、約10年を費やして、真円真珠の養殖に成功しました。
投稿日:2014年07月11日(金) 05:25

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)