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「プロレタリア文学」 と青野季吉

今日6月23日は、大正末期から昭和初期に盛んとなった、プロレタリア文学の理論的指導者として活躍した文芸評論家の青野季吉(あおの すえきち)が、 1961年に亡くなった日です。

1890年、新潟県佐渡ヶ島の廻船問屋兼酒造業「青野屋」に10人兄弟の末子として生まれた青野季吉でしたが、この年に大規模な米騒動があり、持船は焼かれ、家も打ちこわしにあいました。生まれたばかりの季吉は母に背負われて山へ逃げたと、のちに回想しています。近くの漁師にもらわれて育つと、旧制佐渡中学に入学。同校で先輩の北一輝から社会主義思想を知り、深い関心をもつようになりました。地元の小学校教師を務めたのちに上京、早稲田大学英文科で坪内逍遥らの指導を受け、卒業後に読売新聞の記者となるものの、労働争議を指導したことで辞めさせられてしまいました。

1921年、市川正一や平林初之輔らと雑誌「無産階級」を発行。堺利彦や山川均らと接触するうち、翌1922年に『心霊の滅亡』を出版して、プロレタリア文学評論家として文筆活動を開始しました。評論活動のかたわら、日本共産党員として実践活動をおこないましたが、1924年には共産党との関係を断ち、1926年に最初の評論集『解放の芸術』を刊行するうち、「プロレタリア文学の理論的指導者」といわれるようになりました。1931年に『自然成長と目的意識論』を発表してからは政治活動から離れ、穏健な人道主義的な評論活動をするようになります。

第2次世界大戦後は、日本ペンクラブの再建に尽力し、日本文芸家協会会長を務めたほか、1949年に『現代文学論』で第1回読売文学賞、1958年には『文学五十年』で毎日出版文化賞を受賞しています。主著には、上記のほかに『転換期の文学』『実践的文学論』があります。

なお、オンライン図書館「青空文庫」では、青野の「百万人のそして唯一人の文学」を読むことができます。


「6月23日にあった主なできごと」

1794年 水野忠邦誕生…江戸時代の末期に「天保の改革」を指導したことで知られる政治家・水野忠邦が生まれました。

1908年 国木田独歩死去…『武蔵野』『牛肉と馬鈴薯』『源叔父』 などの著作をはじめ、詩人、ジャーナリスト、編集者として明治期に活躍した国木田独歩が亡くなりました。

1967年 壺井栄死去…『二十四の瞳』『坂道』『母のない子と子のない母と』などを著した女流作家の壺井栄が亡くなりました。
投稿日:2014年06月23日(月) 05:11

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)