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西洋科学の紹介者・宇田川榕庵

今日5月29日は、江戸時代後期の蘭学者で、植物学、動物学、化学などを、新造語をこしらえて初めて体系的に紹介した宇田川榕庵(うだがわ ようあん)が、1846年に亡くなった日です。

1798年、大垣(岐阜県)藩医の長男として江戸で生まれ育った榕庵は、14歳の時に、父の師匠である津山(岡山県)藩医宇田川玄真にその才能を見出されて養子となりました。養父の手ほどきを受けて漢方医学を学ぶかたわら、山野を歩いて本草学に親しみ、1814年にはオランダ通詞(通訳)から本格的に蘭学を学びはじめ、1817年に津山藩医となります。

1822年にお経形式で書いた初の植物学書『菩多尼訶(ぼたにか=植物学)経』を著し、幕府に重用されて1826年には天文台の翻訳員になってフランスのショーメル百科事典のオランダ語版訳書『厚生新編』を作成したひとりとして、亡くなる直前までこの仕事に取り組みました。

その間、養父玄真との共著で和漢にない西洋薬の『遠西医方名物考』、和漢にある薬の西洋式利用法をとく『新訂増補和蘭薬鏡』などの薬学書を出版したほか、動物学の項目を集めて整理した『動学啓原』や、リンネの分類による植物学のテキスト『植物啓原』、日本初の近代化学を体系的に紹介する大著『舎密(せいみ=化学)開宗』(内編18巻・外編3巻)を著しました。ここには、学術用語に新しい造語をこしらえて、酸素、水素、窒素、炭素、白金といった元素名を記すなど、後世に大きな影響を与えているばかりか、実験を行って確かめ、すでに近代的な論文、研究書のていをなしていると高く評価されています。

榕庵はこれらの出版に際し、上記以外にも元素、酸化、還元、溶解、分析といった化学用語、細胞、属といった生物学用語を考えだし、コーヒーを「珈琲」としたのも、榕庵が考案した『蘭和対訳辞典』で使われたのが最初といわれています。


「5月29日にあった主なできごと」

1917年 ケネディ誕生…わずか43歳で第35代アメリカ大統領となり、対ソ連に対し平和共存を訴え、こころざし半ばで暗殺されたケネディが生まれました。

1942年 与謝野晶子死去…明治から昭和にかけて歌人・詩人・作家・思想家として活躍した与謝野晶子が亡くなりました。

1953年 エベレスト初登頂…イギリス登山隊のヒラリーとシェルパのノルゲイが、世界最高峰のエベレスト(チョモランマ)の初登頂に成功しました。
投稿日:2014年05月29日(木) 05:28

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)