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『沈黙の春』 のレイチェル・カーソン

今日4月14日は、1960年代初期に環境問題を告発したアメリカ生物学者で女流作家のレイチェル・カーソンが、1964年に亡くなった日です。

1907年、ペンシルベニア州スプリングベールの兼業農家に生まれたレイチェル・ルイーズ・カーソンは、幼いころから自然が大好きで、一日じゅう森や小川ですごし、動植物と親しみました。10歳のときに雑誌に投稿した物語が採用されたことで、作家になりたいという夢をいだきました。やがて、ペンシルベニア女子大学に入って生物学を学び、ジョンズポプキンス大学院で海洋動物学の修士号をとり、科学者と作家の両方の道に進む決意をしました。

卒業後はアメリカ連邦漁業局に水生生物学者として勤務するいっぽう、1941年に海の生態系について書いた『潮風の下で』で高い評価をえると、1951年には生命の源である海をわかりやすく紹介した『われらをめぐる海』を発表してベストセラーとなり、32か国で翻訳出版されたのを機に作家生活に入りました。1955年に出版した『海辺』とあわせ海の3部作と呼ばれていますが、レイチェルの名を世界的にしたのは、1962年に出版された『沈黙の春』です。

この作品は、人類を環境保護に目覚めさせた本といわれ、当時飛行機から、無差別に大量にまかれる農薬(DDTなどの合成化学物質)の蓄積が、生命にとってどんなに危険かを具体的に証明したことで、アメリカじゅうを議論のうずにまきこみました。これを読んで感銘したケネディ大統領は、大統領諮問機関に調査を命じました。これを受けたアメリカ委員会は、1963年に農薬の環境破壊に関する情報公開をおこたった政府の責任を厳しく追及し、DDTの使用は全面的に禁止され、環境保護を支持する大きな運動に広がりました。そして1972年の国連人間環境会議のきっかけをつくったばかりか、世界的な環境保護運動の始まりとなった「事件」といってもよいのかもしれません。

レイチェルは、『沈黙の春』出版の2年後にがんで亡くなりますが、没後に出版された『センス・オブ・ワンダー』は、幼少のころから自然の不思議さ・素晴らしさにふれることの大切さを説き、自然環境教育のバイブルとなっています。この著作は、「レイチェル・カーソンの感性の森」として2008年に映画化されています。


「4月14日にあった主なできごと」

1759年 ヘンデル死去…『水上の音楽』『メサイア』などを作曲し、バッハと並びバロック音楽の完成者といわれる、ドイツ生まれでイギリスに帰化した作曲家ヘンデルが亡くなりました。

1867年 高杉晋作死去…江戸時代の末期、長州藩に非正規軍「奇兵隊」を組織して幕府軍と戦った志士・高杉晋作が亡くなりました。

1912年 タイタニック沈没…イギリスの豪華客船タイタニック号が、処女航海の途上、カナダ・ニューファンドランド沖で氷山に衝突して沈没、死者1500人以上の惨事となりました。

1917年 ザメンホフ死去…世界でおよそ100万人の人が使用している人工言語、エスペラントの創案者ザメンホフが亡くなりました。
投稿日:2014年04月14日(月) 05:01

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)