児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  今日はこんな日 >  「フランス・ルネサンス」 とフランソワ1世

「フランス・ルネサンス」 とフランソワ1世

今日3月31日は、イタリアに興ったルネサンスをフランスに持ちこんで、レオナルド・ダ・ピンチらを保護した君主フランソワ1世が、1547年に亡くなった日です。

1494年、アングレーム伯シャルルと、フィリッポ2世の娘ルイーズとの子として生まれたフランソワは、1498年に即位した従兄のルイ12世が1515年に亡くなったことで、王位を継ぎました。当時のヨーロッパは、ドイツやスペインを支配したハプスブルク家の全盛期で、カール5世が権力をにぎっていました。

そこでフランソワは、ハプスブルク家の包囲を突破して領土を拡大しようと、2代前から始めたイタリア戦争を継続し、即位後すぐに、ミラノ公国を奪って、勇名をはせました。

その後、神聖ローマ皇帝の位をめぐってハプスブルク家のスペイン王カルロス1世と、1521年からはイタリアをめぐってカール5世と戦うものの、いずれも敗北してしまいます。その後も3度にわたるイタリア攻めも失敗しますが、フランソワにとって幸いだったのは、全盛期のイタリア・ルネサンスに遭遇したことでした。その素晴らしい文化に感銘した王は、ルネサンス様式の宮殿を建てて、「モナリザ」で有名なレオナルド・ダ・ピンチを保護したり、多くのイタリアの芸術家を招いたほか、1530年には、王立教授団(コレージュ・ド・ロワイヤル)を設立するなど文芸奨励したことで、「ルネサンス」をフランスに勃興させるきっかけを作りました。

いっぽう、カール5世に対抗するためイングランド王ヘンリー8世らと結び、ドイツのルター派と提携して国内の新教徒にも寛大な態度を示し、1539年には王令により公文書用語をフランス語に統一、行政の中央集権化を推進しました。ところが1534年秋、突然檄文を発して、好意的だった宗教改革運動への弾圧を開始したことがきっかけとなって、街じゅうに国王非難のビラが張られました。それ以後は反動化がめだち、王への評価は二分されています。

なお、フランソワ1世はアメリゴ・べェスプッチを援助したことでも知られています。新大陸の中南米を押さえたカール5世に対抗して北米をねらい、フランス領カナダの基礎を築きました。


「3月31日にあった主なできごと」

1727年 ニュートン死去…万有引力を発見したことで有名なイギリスの物理学者・数学者ニュートンが亡くなりました。

1732年 ハイドン誕生…ソナタ形式の確立者として、モーツァルトやベートーベンに大きな影響を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家ハイドンが生まれました。

1889年 エッフェル塔完成…フランス革命100周年を記念したパリ万博のシンボルとして、この日エッフェル塔が完成しました。当時300mという世界一の高さを誇って大人気となるものの、鉄骨むきだしの姿はパリの美しい景観をそこねると賛否両論の声があがりました。

1906年 朝永振一郎誕生…量子力学の研究の中から「超多時間理論」をまとめ、それを発展させた「くりこみ理論」を発明した功績によって、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎が生まれました。

1970年 よど号ハイジャック事件…100余名を乗せた日本航空旅客機「よど号」が、富士山上空を飛行中に、赤軍派学生9名にのっとられました。犯人たちは北朝鮮へ亡命したいと要求、よど号は福岡と韓国のソウル金浦空港を経由して北朝鮮の美林飛行場に到着しました。乗員と乗客は福岡とソウルで解放されたものの、身がわりとなった山村新治郎運輸政務次官と犯人グループは北朝鮮に向かい、山村氏はその後帰国、犯人グループは亡命をはたしました。
投稿日:2014年03月31日(月) 05:34

 <  前の記事 「ピアノ協奏曲第2番」 のラフマニノフ  |  トップページ  |  次の記事 「帝国主義批判」 のホブソン  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/3299

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2015年01月

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)