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「鎌倉武士精神」 と無学祖元

今日9月3日は、日本に帰化した臨済宗の僧で、建長寺や創建した円覚寺において、執権・北条時宗をはじめ鎌倉武士の精神鍛錬を指導した無学祖元(むがく そげん)が、1286年に亡くなった日です。

1226年、南宋(中国)の浙江省・寧波に生まれた無学祖元は、無準師範という高僧について臨済禅の修行をし、その法を継ぎました。浙江省・温州の能仁寺に住んでいたとき、モンゴル兵が寺に乱入し、刀を突きつけられた祖元は少しも動じることなく詩を吟じたため、兵士たちは感服して立ち去ったという説話は有名です。

1279年、鎌倉幕府執権の北条時宗の招きに応じて来日すると、その厚い保護のもとで建長寺の住職となり、1282年には円覚寺を創建して祖元を開山としました。当時は、日本と元との間で緊迫した情況にありましたが、時宗を始め、鎌倉武士を積極的に教化し、「老婆禅」と呼ばれる精神鍛錬を懇切に指導しました。1281年の「弘安の役」(2度目の「元」襲来)に際しての時宗の決断の多くは、祖元の思想が影響しているといわれています。

滞在は数年の予定でしたが、中国の政情不安もあって生涯日本にとどまり、死後「仏光禅師」を贈られ、門派は仏光派とされ、高峰顕日ら傑出した禅僧を輩出させました。のちに高峰会派から出た夢窓疎石は、鎌倉ばかりか京都五山禅の主流としています。


「9月3日にあった主なできごと」

1189年 奥州藤原氏滅亡…平泉(岩手県)を中心に藤原清衡・基衡・秀衡と3代、およそ100年も栄えた藤原氏でしたが、秀衡が源義経をかくまったことがきっかけとなって、4代目の泰衡が源頼朝軍に滅ぼされました。清衡の建造した中尊寺金色堂(国宝)には、藤原氏4代のミイラが残されています。

1658年 クロンウェル死去…イングランド共和国の初代護国卿(王権に匹敵する最高統治権を与えられた職名) となったクロンウェルが亡くなりました。

1841年 伊藤博文誕生…明治時代の政治家で、初代、第5代、第7代、第10代の内閣総理大臣になった伊藤博文が生まれました。

1969年 ホー・チ・ミン死去…ベトナムの革命家で、フランス植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導したホー・チ・ミンが亡くなりました。
投稿日:2014年09月03日(水) 05:57

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)