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「美人風俗画」 の鳥居清長

今日5月21日は、江戸時代の中・後期に活躍した浮世絵師で、独自の美人風俗画を完成させた鳥居清長(とりい きよなが)が、1815年に亡くなった日です。

1752年、江戸本材木町(いまの東京日本橋)に生まれた通称市兵衛は、幼いころから家業が書肆だったことから浮世絵版画や草双紙や絵本などに接することが多く、芝居絵の大家だった鳥居清満に弟子入りしました。1767年に役者の紅摺絵でデビューすると清長を名のり、役者絵を中心に活動をしていきます。

やがて、当時流行していた黄表紙の挿絵を描くかたわら、鈴木春信や磯田湖竜斎風の美人画や、北屋重政や勝川春草らから写実の描き方を吸収すると、諸家の画風から離れ、写生に基づく江戸風景を背景に、八頭身の明るく健康的な独自の美人画を創り上げるようになりました。さらに大判二枚続き三枚続きの大画面を使いこなし、美人を群像的に配する「美人風俗画」を完成させました。それは、春信らの描く夢幻的な美人画に対し、現実的な身近に感じられる美人画でした。一般家庭の女性の日常のひとときを描いた『化粧と張物』、茶店で床机に腰を掛け満月の清光を浴びる女性を描いた『大川端の夕涼』、『真崎の月見図』や『女湯の図』など、のちに喜多川歌麿が登場するまでの浮世絵画壇を席巻しました。

また役者絵では、浄瑠璃の太夫たちを登場させた「出語り図」という新方式をあみだして、より現実感のある舞台を描くことにも成功しています。1787年ころに師の清満が亡くなると、乞われて鳥居派4代目を継いだころから、家業である看板絵や番付などの仕事に専念し、晩年になると黄表紙、芝居本、絵本などに力を注ぎ、錦絵への作画から遠ざかりました。

代表作には、上記以外に「3大揃いもの(シリーズ)」といわれる『当世遊里美人合』『風俗東之錦』『美南見十二候』のほか、『柳下納涼図』など多くの肉筆画があり、門下には、鳥居清峰(清満2世)、子の鳥居清政、鳥居清元らがいます。

なお清長は、春信、歌麿、写楽、北斎、広重と並び六大浮世絵師のひとりとして、今も世界的に高く評価されています。


「5月21日にあった主なできごと」

1575年 長篠の戦い…甲斐の武田勝頼と、織田信長・徳川家康軍との間で、三河の長篠城をめぐる戦いがありました。この「長篠の戦い」で武田軍は、信長・家康の連合軍に完膚なきまでにやられてしまい、多くの勇将を失いました。

1927年 大西洋無着陸横断飛行…アメリカの飛行家リンドバーグは、前日ニューヨークを飛び立ち、この日の夜パリに到着しました。所要時間33時間30分、世界初の大西洋無着陸単独飛行でした。リンドバーグは、1931年には北太平洋を横断して日本にも到達し、大歓迎を受けました。

1928年 野口英世死去…世界的な細菌学者として活躍した野口英世がアフリカで黄熱病の研究中に発病して亡くなりました。
投稿日:2014年05月21日(水) 05:58

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)