前回に引き続き、「せかい伝記図書館」の執筆の中心となっていただいた有吉忠行氏の講演記録の第5回目を紹介する。
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私は、およそ3年前から、いずみ書房の仕事をさせてもらっていますが、なににもまして、よい本を作ろうとする、たいへん真面目な姿勢に感心しています。私は、ほんとうですと、いろいろな出版社に自由に出入りさせてもらって、自由にいろいろなものを書いていきたいという願いをもっていたのですが、目下は、いずみ書房の仕事だけをやらせてもらっています。それは、いずみ書房の誠実さにほれたからです。いずみ書房なら、仕事のしがいがあると考えたからです。
たとえば 「せかい伝記図書館」 を例にとって、いずみ書房がいかに真剣に本づくりにとりくんでいるかを、少しお伝えしてみましょう。
「せかい伝記図書館」 の編集にあたり、まず、市販の子ども向きの伝記は、もれなく集められました。野口英世やナイチンゲールなどは、市販されているものが10数種近くありますが、すべて、そろえられました。そして、各執筆者は、これらの伝記を1冊残らず読み、子どもの伝記に記されている被伝者像を、頭の中にたたきこみました。しかし、これだけでは不十分です。子ども向きの伝記には、まちがいが少なくないからです。そこで、つぎには、大人向きの伝記や評伝も目を通しました。さらには、10数種類の百科事典や伝記大事典なども、手もとにそろえました。また、歴史書や歴史年表や教科書なども準備しました。
ひとり一人の伝記の原稿書きは、こうして始まりました。しかし、これで原稿が集まっても、すんなり本づくりに入ったわけではありません。編集部で目を通して満足いかなければ、なんどでも、執筆者へ返されました。文部省の教科書検定のように、ワクにはめて、それからはみだしたものを不満足としたというのではありません。「もっと真実を、もっとやさしく、もっと美しいことばで」 ということだけを願ったのです。
私はこれまで、いろいろな出版社を見てきましたが、これほど厳しい出版姿勢を目にしたことはありません。多くの出版社は、執筆者の立場を尊重して、よほどのことがないと、書き直しを要求するようなことはないです。ところが、いずみ書房は、子どものためによい本をつくるという信念で、あえて、執筆者へ書きなおしを要求されました。そして、書きなおされた原稿がまだ不十分な場合は、思いきって執筆者をかえるというようなことまで、くり返されました。でも、いずみ書房の、このようなきびしい態度に対して、立腹された執筆者は一人もいません。態度はきびしくても、いずみ書房の誠意が通じていたからだと思います。
さて、いよいよ原稿がそろうと、もういちど、編集部での点検です。その人の生きた軌跡や業績や、その時代の歴史に誤りはないか、子ども向きの伝記に多く使われている逸話には、まちがいはないか、こんなことをひとつひとつ調べるのが、また大変でした。たったひとつのことを調べるのに、いく日もかかったこともあります。「子どもの本だからという安易な気持ちは、ぜったいにいけない。子どもをばかにしないで、ほんものを作ろう」 という意志が、つらぬかれたのです。
原稿だけではなく、絵にも、十二分の配慮がはらわれました。このシリーズを作るのに30人前後の画家が動員されましたが、どなたも、単なるさし絵画家でなく、第1線で活躍の正統な画家です。しかも、被伝者の生きかたにあわせて、画家が変えられています。この 「せかい伝記図書館」 が出版されたあと、これを見たほとんどの人が、絵のみごとさにびっくりされました。ほかの出版社の人たちもおどろいていました。子どもの伝記書の絵に、これほど力を入れたものは、これまで他に例がなかったからです。