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2017年版 12月21日はこんな日


● 今日(12月21日)の主なできごと

1339年 南北朝時代はじまる……後醍醐天皇が吉野に移り「南朝」を開いたため、室町幕府を開いていた足利尊氏は新しい天皇を立てて「北朝」として、朝廷の分裂時代がはじまった。南北朝時代は、室町幕府3代将軍足利義満が1392年、北朝に統一するまで続いた。

1854年 「日露和親条約」締結……この日、同年3月の「日米和親条約」に続き、「日露和親条約」を下田で締結。日本とロシアの国境が、択捉(エトロフ)島とウルップ島の間に確定した。日本が「北方領土」として主張する択捉(エトロフ)・国後(クナシリ)・歯舞(ハボマイ)・色丹(シコタン)諸島の根拠。

1991年 「ソ連」が消滅……この日、今のカザフスタン・アルマティ(当時は、ソ連アルマアタ)で、ソ連(ソビエト連邦)11共和国の首脳による会議が開かれ、「アルマアタ宣言」でソ連の消滅を決議し、69年の歴史に幕がおろされた。


● 今日の主な記念日・恒例日

バスケットボールの日……1891年のこの日、マサチューセッツ州スプリングフィールドで、この年に考案されたバスケットボールの初の試合が行われたのにちなみ、バスケットボール解説者の島本和彦が提唱、2011年より実施。

クロスワードの日……1913年のこの日、『ニューヨーク・ワールド』紙が日曜版の娯楽のページにクロスワードパズルを掲載したことにちなんだ記念日。

その他の記念日……回文の日・遠距離恋愛の日などがある。


● 今日生まれた人

1773年 ブラウン……イギリスの植物学者。「ブラウン運動」発見。

1823年 ファーブル……フランスの生物学者・詩人。代表作『昆虫記』。

1898年 茅誠司……昭和期の実験物理学者。東大総長歴任。「小さな親切運動」提唱。

1909年 松本清張……昭和・平成期の小説家。代表作『点と線』『ゼロの焦点』『砂の器』など。


● 今日亡くなった人

1375年 ボッカッチョ……イタリアの詩人・人文学者。代表作『デカメロン』。

1399年 大内義弘……南北朝から室町時代の武将。

1850年 国定忠治……江戸時代後期の侠客・博徒。

2004年 今西祐行……昭和・平成期の児童文学作家。代表作『ヒロシマのうた』『肥後の石工』『入れ歯をしたロバの話』など。


● 過去のマイブログ「12月21日」のテーマ

2015年 「講談や演劇のモデル」 国定忠次
江戸時代後期の博徒で、上州から信州一帯を実質的に支配し、天保の大飢饉で農民を救済したとして講談や小説、映画、新国劇などの題材となった国定忠次/忠治(くにさだ ちゅうじ)が、1850年に亡くなった日です。1810年、赤城山南麓の国定村(今の群馬県伊勢崎市国定町)の豪農の子に生まれた忠次(本名・長岡忠次郎)は、父が9歳で死去したため、家や土地を弟の友蔵に譲って無宿になりました。17歳のころから博徒(ばくと=金や品物を賭け、サイコロや花札などで勝負するばくち打ち)になり……。

2012年 「応永の乱」 に敗れた大内義弘
室町3代将軍足利義満に協力して南北朝合一に尽力するなど、守護大名として活躍した大内義弘(おおうち よしひろ)が、1399年に亡くなった日です。1356年、周防・長門国(ともに現・山口県)の守護だった父弘世の子として生れた大内義弘は、1371年に4000人の兵を率いて、九州探題を務めていた今川貞世に協力して九州を平定しました。この功績により豊前国(福岡東部・大分北部)の守護となり、1380年に父が亡くなると石見国(島根県)も兼任し、4国の守護大名となりました……。

2011年 『デカメロン』 のボッカチョ
中世イタリアの作家で「散文の父」といわれるボッカチョが、1375年に亡くなった日です。1313年に、イタリア西部にある都市国家フィレンツェ商人とフランス人の母の間に生まれたジョバンニ・ボッカチョは、フィレンツェで幼少年期をすごし、家庭教師の指導でダンテの作品を学んだことで文学に魅かれます。しかし、商人にさせたかった父親は、ボッカチョを南部の都市ナポリに送って、金融業者の見習いをさせました。商人になる気のないボッカチョは、文学書を読みふけったため……。

2010年 植物学の大功績者・ブラウン
すべての植物には細胞核が存在することや、「ブラウン運動」とよばれる貴重な発見をしたイギリスの植物学者のブラウンが、1773年に生まれた日です。スコットランド東部のモントローズに、牧師の子として生まれたロバート・ブラウンは、エジンバラ大学で、医学と自然科学を学び、軍医となりました。1801年からブラウンは、イギリスの博物学者バンクスに推せんされて、フリンダース率いるオーストラリア探検隊に植物学者として参加しました。5年間にわたって……。

2009年 社会派ミステリーの松本清張
『点と線』『ゼロの焦点』など、社会派推理小説というジャンルを拓いた松本清張が、1909年に生まれた日です。今年は清張生誕100年にあたるため、さまざまなイベントが行なわれ、映画やドラマ化された作品のテレビ放映が多くみられます。清張は、現在「清張記念館」のある福岡県の小倉生まれといわれますが、本人は広島市生まれ、幼児期から児童期は下関で育ち、小倉に定住したのは10〜11歳ころと語っています。二人の姉は幼くして亡くなったため一人っ子として育ちましたが……。

2007年 平均寿命と平均余命のこと
日本人の平均寿命は、女性は世界1位の85.81歳、男性は世界2位の79.00歳と発表(2006年7月)されています。1950年代では、世界の主要先進国といわれる日本を含む10か国(カナダ、米国、フランス、イタリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国、アイスランド)の中で、男女とも最低だった日本が、1974年からずっとベスト3に入り、1985年からはトップレベルになり、女性の世界1位は22年連続だそうで、そのめざましい伸びは世界でも注目のまととなっています……。

2006年 偏食っ子、欲張りな子
「子どもを偏食っ子にしたいなら」━━ いつも子どもに「今日は、なにが食べたい」と聞いてから、愛情こまやかに料理を作ってあげましょう。子どもが食べ残したら「いいわよ、お母さんが食べてあげるから」と言ってあげることです。いつも「はい、これがあなたのよ」と、愛する子どもにだけは、特別料理を作ってあげましょう。子どもは偏食っ子になるだけでなく、わがままな子にも行儀の悪い子にもなってくれます……。
投稿日:2017年12月21日(木) 05:53

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)