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美的感性を育てる

「日本読書クラブカタログ(本の価値と楽しみ)」の第4章「美術」の項を紹介してみよう。

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● すべての人への美の贈りもの
一般の人に美術全集をすすめると、「私には絵や彫刻などを鑑賞する力はありませんから、ネコに小判です」 というような返事をもらうことが、少なくありません。また、「子どもさんのために」 と言えば、「うちの子にも美術を楽しむ気持ちなどありません。将来、芸術家の道へ進むような気もまったくないようですから」 というような返事が、かえってきます。しかし、これは、基本的にまちがっています。これでは、文学者になる気はないから、文学作品など読む必要はないというのと同じです。
美術全集は、たしかに、絵画、彫刻、工芸、建築などの分野における芸術家たちの偉業を集大成したものですから、まず、芸術家をめざす人たちにとって、かけがえのないものであることは、とうぜんでしょう。
ところが、美術全集があいついで刊行されることの理由には、もっと広いものがあります。それは、一般の人たちへの[美の贈りもの]だということであり、その贈りものとしての価値は、私たちの毎日の生活を見つめれば、だれにでもわかります。
人間が目で見て感じる世界は、大別すると、美しい世界と、きたない世界にわかれます。そして、すべての人が、美しい世界を愛し、きたない世界をきらいます。美しいものには目を輝かせ、きたないものには目をそむけます。
しかし、私たちは、果たして、ほんとうに美しいものを美しいとし、ほんとうにきたないものを、きたないとしているでしょうか。ほんものの美をとらえ得る心と目を、生まれながらにしてもっているのでしょうか。このことは疑問です。疑問というよりは、「もっている」 という認識は、どうも、おごりすぎています。一般的にいえば、物の表面に表われたもの、あるいは形に表われたものだけを浅くとらえて、「美しい」 としている場合が少なくないからです。

● 美はあらゆるところにあるのに
世界最大の彫刻家ロダンが、つぎのように言っています。
「美は、あらゆるところにある。決して、それがわれわれの眼前に欠けているのではなく、われわれの眼が、それを認め得ないだけである」
これは、ほんとうの美をとらえることのむずかしさを、強く指摘したものでしょうが、ロダンでさえ、物の生命が放つほんものの美をとらえることに、苦しんだのです。とすれば、私たち凡人が真の美にふれ得ることは、まさにたいへんなことであり、だからこそ、美術全集などをとおして美を見、美を感じる心をそだてていくことが、たいせつなのです。ロダンは、若い時代に 「鼻のつぶれた男」 という作品を発表して、人びとを、おどろかせました。それは、けっして美しい彫刻ではなく、みにくく鼻のつぶれた男の、きたない彫刻だったからです。しかし、ロダンは顔かたちの美しさよりも、その男のみにくい顔の内側に、もっと人間らしい美をみつけたのです。つまり、それは目には見えない内面から発する美であり、美術全集は、そのような、ほんとうの美のとらえかたを、教えてくれるのではないでしょうか。

● 楽しませてくれる画家たちとの対話
子どもたちは、学校の美術教育のなかで、みずからの創作にあわせて美術を鑑賞することを学びますが、この目的も、美しいものへの感性をそだてることにあります。つまり知・情・意をあわせた調和のとれた人間形成のためにも、豊かな、美的感性をはぐくむことが、重要視されているのです。絵でも彫刻でも、子どものときからほんものにふれさせよ、と説かれているのは、やはり、真理ではないでしょうか。
ひとそろいの美術全集を買い求め、しかも、それを硝子棚などにしまわずに、まるで、絵本でも見るようにして楽しんでいる家庭があったら、それは、どんなに、すばらしいことでしょう。親も子も、「美を認め得る」 心を育てて、美しい心の世界に生きていくことを、自分のものにしていっているのですから。美しいものを、より深く、より多く感じとりながら生きることのできる人生は、幸せです。
1枚の名画、それも自分の好きな画家の名画を見つめていると、いっぽうでは心の安らぎを、いっぽうでは、泡だつ興奮をおぼえます。それは、きっと、その1枚の絵にたたみこんだ画家の心が、伝わってくるからでしょう。名画は、美を楽しませてくれるだけではなく、偉大な画家たちとの会話をも楽しませてくれるのです。

(日本読書クラブ推薦図書の項は省略)

投稿日:2006年03月10日(金) 09:43

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)