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近代文学の開拓者・坪内逍遥

今日2月28日は、『小説神髄』『当世書生気質』を著し、シェイクスピア全集の翻訳など、作家・評論家・翻訳家・劇作家・教育家として、多岐な分野で活躍した坪内逍遥(つぼうち しょうよう)が、1935年に亡くなった日です。

逍遥は1858年、尾張藩だった現在の岐阜県美濃加茂市に生まれました。父は尾張藩士でしたが、母は芸術好きの商人の子で、逍遥は、幼いころから、読本・草双紙などの江戸文学や俳諧、和歌に親しんで育ちました。やがて名古屋に一家で移住してからは、貸本屋や劇場にも親しみ、芸術への関心を深めていきました。ある貸本屋の主人は、店に置いてあった滝沢馬琴や式亭三馬らの作品を1冊残らず読んでしまって、「こんな子どもははじめてだ」と驚いたというエピソードが残されています。東京大学予備門を経て、東京大学文学部を卒業、東京専門学校(のちの早稲田大学)講師となり、のちに教授になりました。

1885年に、日本における近代文学のはじまりとされる評論『小説神髄』を発表。子どものころに親しんだ江戸時代の勧善懲悪の物語を否定し、小説はまず人情を描くべきで、世態風俗の描写がこれに次ぐと、道徳や政治にとらわれない新しい文学論を説きました。そして、その理論を実際に示すために小説『当世書生気質』を著しました。

1891年には「早稲田文学」を創刊し、たくさんの作家を育てましたが、その創刊号に載せた シェークスピア に関する論文から、森鴎外 との間で「没理想論争」をくり広げたことはよく知られています。逍遥の写実主義に対し、鴎外の美学上の理想主義が対立したものでした。

逍遥は、小説のほかに戯曲も書き、演劇の近代化に果たした役割も大きなものがあります。特に歌舞伎を新しい時代に合うものにしようと『桐一葉』という7幕15場という大作を書き、『沓手鳥(ほととぎす)孤城落月』と2部作で、淀君(秀吉の側室)の悲劇を描きました。また1906年には、島村抱月らと文芸協会を開設し、その責任者となって、シェイクスピアや イプセン らの西洋劇の公演を催し、近代劇のさきがけとなりました。

1928年には、「沙翁(シェークスピア)全集」全40巻の完訳を果たし、1933年には同全集をさらに推こうし、原語の味わいを活かした現代語訳「新修シェークスピヤ全集」全40巻を刊行するなど、近代文芸の基礎を築きあげたのでした。


「2月28日にあった主なできごと」

1533年 モンテーニュ誕生…名著 「随想録」の著者として、今も高く評価されているフランスの思想家 モンテーニュ が生まれました。

1546年 ルター死去…免罪符を販売するローマ教会を批判し、ヨーロッパ各地で宗教改革を推し進めたドイツの宗教家 ルター が亡くなりました。

1591年 千利休切腹…織田信長や豊臣秀吉に仕え、わび茶を大成し、茶道を 「わび」 「さび」 の芸術として高めた 千利休 が、秀吉の怒りにふれて切腹させられました。

1638年 天草四郎死去…島原・天草地方のキリシタンの農民たちは、藩主の厳しい年貢の取立てとキリシタンへの弾圧を強めたことから、少年 天草四郎 を大将に一揆を起こしました(島原の乱)。島原の原城に籠城して3か月余り抵抗しましたが、幕府の総攻撃を受けて、四郎をはじめ37000人が死亡しました。

1811年 佐久間象山誕生…幕末の志士として有名な吉田松蔭、坂本龍馬、勝海舟らを指導した開国論者の 佐久間象山 が生まれました。

1972年 「浅間山荘」強行突入…連合赤軍のメンバーが19日に軽井沢にある「浅間山荘」に押し入り、管理人の妻を人質に立てこもっていましたが、この日機動隊が強行突入、激しい銃撃戦の末に人質を解放、犯人5名を逮捕、隊員2名が殉職しました。突入の様子はテレビで生中継され、視聴率は総世帯の9割近くにも達し、今なおこの記録は破られていません。

投稿日:2011年02月28日(月) 06:04

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)