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『五重塔』 の幸田露伴

今日7月23日は、尾崎紅葉とともに「紅露時代」と呼ばれる時代を築いた作家の幸田露伴(こうだ ろはん)が、1867年に生まれた日です。

幸田露伴は、東京と名が改められる直前の江戸に生まれ、文明開化の波がうちよせる明治時代に活躍した小説家です。

小説家として露伴の名が世にでたのは、雑誌『都の花』に『露団々(つゆだんだん)』を発表した、22歳のときです。幕府にお坊主としてつかえてきた父のもとで育った露伴は、17歳のとき、電信技手として北海道へ行ったこともありました。しかし、学校へは満足に行けなくても、おおくの本をむさぼり読むうちに文学に心をうばわれ、小説の筆をとり始めたのです。

『露団々』につづいて、彫刻師の悲しい恋の苦悩をえがいた『風流仏』や、自分を芸術家へひきあげていく刀工の強い意志をえがいた『一口剣』などを書き、さらに『ひげ男』を読売新聞に連載すると、紅葉とともに「紅露時代」とたたえられるようになりました。

露伴の最高の傑作『五重塔』を発表したのは、44歳のときです。五重塔の建立に命をかける、ふたりの大工の情熱と争いと友情が、明治文学のなかでも最高傑作のひとつといわれる名文でえがきあげられました。

オンライン図書館 「青空文庫」 では『五重塔』 の全文を読むことができます。古文と会話文の入り混じった文体で書かれているため、とっつきにくいかもしれませんが、次の「あらすじ」を頭に入れながら、名文に挑戦してみてください。

江戸の感応寺に五重塔を建てることになりました。朗円上人は、本堂を建てた大工の棟梁の源太に仕事をさせようと思いました。ところが、「のっそり十兵衛」とあだ名されている風変わりな大工が、ぜひ自分にやらせてほしいと名乗り出ました。上人は、ふたりを呼んで相談して決めるようにいいます。たくさんの弟子をかかえて繁盛している源太、腕はよいが仕事が遅いため貧乏をしている十兵衛。源太は、いっしょに仕事をしようと十兵衛にいいますが、十兵衛は自分ひとりでやるといって譲りません。源太が腹を立てていることを知った弟子の清吉は、懸命に働く十兵衛の仕事場に殴りこみをかけ、大けがを負わせます。痛みをこらえながら仕事を続ける十兵衛。苦労の末、ついに五重塔は完成しました。落成式の前日、江戸は100年に1度という大嵐にみまわれました……。

露伴が亡くなったのは、『五重塔』を発表してから36年後です。小説『天うつ浪』のほか、歴史に目をむけた史伝や、西鶴や芭蕉などの古典の研究にも、すぐれたものをおおく残しました。

以上は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで公開中)34巻「夏目漱石・野口英世」の後半に収録されている14編の「小伝」の一つ 「尾崎紅葉と幸田露伴」をもとにつづりました。


「7月23日にあった主なできごと」

1787年 二宮尊徳誕生…江戸時代後期の農政家で、干拓事業などで農村の復興につくしました。薪を背負いながら勉学にはげんだエピソードは有名です。( 2008年7月23日のブログ 参照)

投稿日:2009年07月23日(木) 09:03

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)