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「大化の改新」の中大兄皇子

今日7月24日は、古代最大のクーデターともいうべき「大化の改新」を 藤原鎌足 とともに成し遂げた中大兄皇子(なかのおうえのおうじ)が、661年に母親の斉明天皇の死後、執政をはじめた日です。皇子は、後に天智天皇となります。

645年に大化元年と定め、都を、それまでの飛鳥から難波(いまの大阪市)へ移した中大兄皇子は、つぎの年の正月、歴史に残る「大化の改新」の4つの方針を発表しました。

第1に、天皇や豪族たちがもっていた土地や支配していた人民は、すべて国家のものとする。

第2に、全国をいくつもの国に、国のなかをさらに郡、里にわけ、それぞれに役人をおいて政治を進める。

第3に、すべての国民の戸籍を作り、6歳以上のものに国が土地をわりあて、死ねば返させるようにする。そしてそれぞれの土地の広さにあわせて、稲をおさめることを決め、これを租という税としておさめさせる。

第4に、新しい税の制度を定め、国民に、稲のほか布や鉄など地方でとれる産物も、税としておさめさせるようにする。

新しい国家をつくるための、この4つの考えは、隋のあとに中国で栄えていた唐の国の政治にならったものでした。ひとくちでいえば、国の権力をすべて天皇のもとに集める、というのが、皇子や鎌足が心からねがったことでした。

しかし、この新しい政治を実行していくことは、なかなかたいへんなことでした。とくに、自分が支配していた土地をとりあげられた豪族たちには、かわりに高い位の役人にとりたてられても不満をいだくものが、少なくありませんでした。

そして、地方でも朝廷でも「大化の改新」に賛成するものと反対するものが、しだいににらみあうようになっていきました。

そのうえ、皇子は、654年に孝徳天皇が亡くなって、皇極天皇だった自分の母がもういちど即位して、斉明天皇となったころから、農民たちにも、ためいきをつかせるようになってしまいました。

皇子には、国のなかのことだけではなく、海のむこうの朝鮮半島にも、気がかりなことが起こりました。

そのころ、朝鮮半島では、百済、新羅、高句麗の3つの国が争いをくり返していましたが、659年に百済が新羅に攻めこむと、新羅は、中国の唐に助けをもとめました。すると、唐は新羅に味方して大軍をだし、百済をうちやぶってしまいました。ところが、生き残った百済の武将たちは、もういちど国をたてなおすために、日本に応援をたのんできました……。

以上は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで公開中)19巻「中大兄皇子」の記述の一部を引用したものです。生涯に興味のある方は、ぜひアクセスしてみてください。


「7月24日にあった主なできごと」

1802年 デュマ誕生…フランスの作家で、『モンテクリスト伯』『三銃士』などを著した アレクサンドル・デュマ が生まれました。

1876年 ウェブスター誕生…「足ながおじさん」を著したアメリカの女流作家ジーン・ウェブスターが生まれました。( 2009年6月11日ブログ 参照)

1886年 谷崎潤一郎誕生…『細雪』『春琴抄』『痴人の愛』などの小説や『源氏物語』現代語訳を著した作家の 谷崎潤一郎 が生まれました。

1927年 芥川龍之介死去…『杜子春』『蜘蛛の糸』 『鼻』『河童』などの短編小説を著した大正時代を代表する作家 芥川龍之介 が、36歳の若さでなくなりました。

投稿日:2009年07月24日(金) 09:03

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)