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『クオレ(愛の学校)』 のアミーチス

今日3月11日は、「母をたずねて三千里」や「難破船」などが収録されていることで知られる名作『クオレ』を著したアミーチスが、1908年に亡くなった日です。

1846年、イタリア北西部の町オネーリアに生まれたエドモンド・デ・アミーチスは、当時イタリアが7つの小国に分かれていて、統一運動の嵐のなかで少年時代を送りました。14歳のとき、イタリア独立運動に参加しようとガリバルディの赤シャツ隊に志願しましたが、若すぎるとことわられたと伝えられています。成長して軍人になるもののコレラにかかって戦線を離脱、1861年のイタリア統一を機に本格的な作家活動に入り、ヨーロッパ各地を旅行して、『スペイン』『モロッコ』『パリの思い出』などの旅行記を著しました。

世界じゅうに名が知られるようになったのは、1886年に発表した『クオレ(愛の学校)』がベストセラーになってからでした。この作品は、10歳のエンリコ少年が新学期の10月から翌年7月までの学校での10か月を日記形式で書かれたものです。毎月初めに語られる9つの講話は、「父の看病」「難破船」「フィレンツェの少年筆耕」「アペンニーノ山脈からアンデス山脈まで(わが母いずこ)」など、独立した物語としても愛読されています。日本では「アペンニーノ山脈から〜」は、初めて日本語に訳した三浦修吾が、「母をたずねて三千里」としたことから、このタイトルが一般化していて、次のような内容です。

イタリアの港町ジェノバに住む少年マルコが、両親と兄とで貧しくもつつましく暮らしていたところ、生活は日増しに苦しくなり、母が遠いアルゼンチンへ出稼ぎに行くことになりました。さみしさをこらえるマルコでしたが、やがて母からの便りがとだえてしまいました。心配になったマルコは母をさがしに停泊中の船に忍びこみます。こうして、母のもとへと向かう長く苦しい旅が始まるのでした……。

いまだに子どもたちに人気がある作品で、とくに、1976年にフジテレビ系世界名作劇場シリーズのアニメ『母をたずねて三千里』(1年間52話)の原作として全国的によく知られるようになりました。1980年には劇場版、1999年にはリメーク版が公開されています。

なお、オンライン図書館「青空文庫」では、日本童話研究会訳によるアミーチス作『母を尋ねて三千里』を読むことができます。


「3月11日にあった主なできごと」

1444年 ボッティチェリ誕生…イタリア・ルネッサンス期の画家で『ビーナスの誕生』や『春』を描いた、ボッティチェリが生まれました。

1582年 武田勝頼死去…武田信玄亡き後、織田信長・徳川家康軍と対抗するものの、「長篠の戦い」に敗れたことがきっかけとなって家臣団の統率に失敗した武田勝頼が自害しました。

1955年 フレミング死去…青かびからとりだした物質が大きな殺菌力をもつことを偶然に発見し、ペニシリンと命名して世界の医学者を驚かせたフレミングが亡くなりました。
投稿日:2014年03月11日(火) 05:15

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)