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ボルタの電池

今日3月5日は、生涯にわたって電気の研究を続け、「電気盆」や「ボルタ電池」を発明したイタリアの物理学者ボルタが、1827年に亡くなった日です。

1745年、北イタリアの平原にある町コモの旧家に生まれたアレッサンドロ・ボルタは、少年のころから科学に興味をもち、当時アメリカやフランスから伝わってきた雷が電気だという説や、ライデン瓶の不思議な現象に心をひかれました。コモの王立学院で自然科学を学んで卒業すると、自宅の一室に電気や化学の実験道具をそなえて、熱心に研究しながら内外の研究者と文通することで、実力をつけていきました。

1774年に母校の王立学院教授にまねかれ、電気に関するさまざまな発見や発明をなしとげました。そのひとつが、金属板とエボナイトを組合せた一種のまさつ起電器「電気盆」でした。1779年にはパビア大学の教授になって、蓄電器など電気機器の発明につとめたことで、物理学者としての名声がヨーロッパじゅうにひろがりました。

そのころ、ボローニャ大学の解剖学者ガルバーニが、カエルの脚の研究をしていて、カエルの脚の筋肉収縮は、脳からだされる「動物電気」の作用によるものと提唱しました。これに対しボルタは、電気発生は、生物体内にあるのではなく、作用はなんらかのしめった物体に接触した金属から発生するという「金属電気説」を提唱。さらにその後、しめった物体がなくとも、異種の金属を接触させることで電気を帯びることを明らかにしました。しかし、金属板をいくら重ねても電気を発生させることができないことに気づき、銅または銀と亜鉛の円板の間に湿った布をはさみ、これを多く積みかさねたところ、電気を発生させることに成功しました。

さらに研究を重ねて1800年、銅と亜鉛と食塩水をしみこませた紙を交互に重ね合わせ、「ボルタの電堆(でんたい)」という一種の電池を発明したのでした。これが、人類が初めて手にした電流発生装置で、これをきっかけに電池の研究は大きな進歩をとげました。

1801年、ボルタは、ナポレオン1世に招かれて電池の実験をし、ドヌール勲章を授かれています。なお、現在使われている電圧の単位(V ボルト)は、ボルタの名にちなんでつけられたものです。


「3月5日にあった主なできごと」

1932年 団琢磨死去…三井・三池炭鉱を経営し、三井財閥の総帥となって、大正・昭和初期の日本実業界のトップに立った団琢磨が、暗殺されました。

1953年 スターリン死去…ソ連の独裁者、共産党指導者、首相、大元帥となったスターリンが亡くなりました。
投稿日:2014年03月05日(水) 05:13

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)