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「青葉の笛」 の平敦盛

今日2月7日は、平清盛の弟平経盛の子で、源平合戦(一ノ谷の戦い)に敗れた若武者・平敦盛(たいらの あつもり)が、1184年に亡くなった日です。

1169年、平清盛の異母弟・平経盛の子として生まれた平敦盛は、元服して従五位下という位をさずかるものの官職がなかったために「無冠大夫」とよばれました。美少年として有名で、祖父平忠盛が鳥羽院より賜ったという「名笛・小枝(または青葉)」を譲り受けた笛の名手でもありました。1181年に清盛が亡くなり、父が平氏一門の長老として力を尽すものの勢力は衰え、源氏と平氏との戦い「治承・寿永の乱」(源平合戦)が勃発しました。

平家一門の武将のひとりとして、16歳で合戦に参加した敦盛は、1184年、一ノ谷(いまの神戸市須磨)で、源氏側の奇襲 (精兵70騎を率いた義経が、一ノ谷の裏手の断崖絶壁の上から坂をかけ下る作戦=ひよどり越え作戦)を受けました。この奇襲に平氏は敗れ、一族が船で海上にのがれたとき、船に乗り遅れたために馬を泳がせて船を追う敦盛を見て、敵将をさがしていた熊谷直実は「敵に後ろを見せるのは卑怯でしょう」と、大声で呼びとめました。これに敦盛は憤然と引き返すと、直実と敦盛は取っくみあいになり、組み勝った直実が首を斬ろうとしたところ、わが子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見てちゅうちょします。直実は敦盛を助けようと名をたずねたところ、敦盛は「名乗らずとも首を取って人にたずねよ」と答えたために、直実は涙ながらに敦盛の首を切りました。敦盛を討った直実は、世の無常に感じいり、出家したと伝えられています。

この悲しくも美しい少年の死は、平氏滅亡の象徴的な事件として哀れさをさそい、『平家物語』や『源平盛衰記』などの軍記物の名場面として、また能、幸若舞、歌舞伎などの題材となって長く人々に語り伝えられ、生き続けています。

織田信長の好んだ「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり」は、幸若舞『敦盛』の一節です。また、文部省唱歌の「青葉の笛」(♪ 一の谷の軍破れ 討たれし平家の公達[キンダチ]あわれ 暁寒き須磨の嵐に 聞えしはこれか 青葉の笛) は、敦盛が討たれたときに腰にたずさえていた笛の名です。


「2月7日にあった主なできごと」

1812年 ディケンズ誕生…『オリバー・ツイスト』『クリスマスキャロル』『二都物語』などを著したイギリスのヒューマニズム作家ディケンズが生まれました。

1834年 メンデレーエフ誕生…ロシアの化学者で、物質を形づくっている元素の研究をつづけ「元素の周期律表」を作成したメンデレーエフが生まれました。

1885年 岩崎弥太郎死去…明治の初期に海運業をおこし、船の運送にともない海上保険、造船、鉱山、製鉄、銀行、製紙など、さまざまな産業に進出し、三井財閥と並んで近代日本の産業界に勢力をほこる「三菱財閥」の基礎をつくった実業家 岩崎弥太郎が亡くなりました。
投稿日:2014年02月07日(金) 05:59

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)