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「金沢文庫」 の北条実時

今日10月23日は、鎌倉時代中期・北条一門の武将として第4〜8代執権をささえた北条実時(ほうじょう さねとき)が、1276年に亡くなった日です。

1224年、鎌倉3代執権北条泰時の弟実泰の子として生まれた北条実時は、1233年に泰時のはからいで11歳で元服し、出家した父にかわって将軍身辺を警護する小侍所別当となりました。若年を理由に反対の声があったものの、泰時はそれを押さえて実時を起用したのは、当時、泰時の子の時氏・時実が相次いで早世したことと、実時に期待するものが大きかったものと思われます。以後3度にわたって同職を務めました。

1238年、将軍九条頼経が上洛の際、将軍宿舎の近くに宿がとれなかったときは、自邸を提供し自らは近くに野宿してその職責をはたすほど責任感の強い人物として知られていました。4代執権北条経時、5代執権北条時頼政権になっても、執権の側近として裁判をおこなう役職の引付衆をつとめ、1253年には幕府の最高政務機関である評定衆をつとめました。また1264年には、御家人中の有力者の安達泰盛と共に越訴奉行となって幕政に関わり、8代執権北条時宗を補佐しました。

実時は、幕府の行事である笠懸(かさがけ)や犬追物の射手に選ばれるほど武芸にすぐれているいっぽう、若いころから学問を好み、京都からきた儒学者清原教隆に親しく教えを受け、鎌倉の自邸に文庫を作っていました。ところが、1270年に火災にあったため、鎌倉に通じる重要な港である六浦荘金沢(現在の横浜市金沢区)に私設図書館ともいえる「金沢文庫」を創設して、中国古典の解説書や『源氏物語』の書写、内外の本を集めました。

蒙古が襲来した「文永の役」の翌1275年、政務を引退して金沢に住み、翌年に53歳で亡くなりましたが、実時の死後に同文庫は、母の供養のために建てた「称名寺」の境内に移され、今は神奈川県立金沢文庫となっています。


「10月23日にあった主なできごと」

1849年 西園寺公望誕生…自由主義思想を支持し、2度総理大臣になるなど、明治・大正・昭和の3代にわたり活躍した政治家の西園寺公望が生れました。

1873年 征韓論争勃発…朝鮮への派兵をめぐって、この日政府内に激しい論争がおこりました。西郷隆盛や板垣退助らは鎖国を続ける朝鮮を武力で開国させようと主張したのに対し、岩倉具視や大久保利通らが内政を優先させることが先決とこれに反対しました。結局、西郷と板垣らは論争に破れて、翌日要職を辞任して政府を離れました。

1973年 オイルショック…10月はじめに第四次中東戦争が勃発。石油輸出国機構(OPEC)に加盟しているペルシア湾岸産油6か国は、原油公示価格の21%引き上げ、原油生産の削減とイスラエル支援国への禁輸をこの日に発表、第1次オイルショックの引き金となりました。日本では、原油価格と直接関係のないトイレットペーパーや洗剤などの買占め騒動がおきたり、デパートのエスカレータの運転中止などの社会現象も発生するなど、高度成長にストップがかかる事態に陥りました。

投稿日:2013年10月23日(水) 05:16

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)