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「からくり儀右衛門」 田中久重

今日9月18日は、幕末から明治初期に、さまざまな機械じかけのからくりをこしらえて人々をおどろかせた技術者・田中久重(たなか ひさしげ)が、1799年に生まれた日です。芝浦製作所(後の東芝)の創業者でもあり、「東洋のエジソン」として讃えられています。

筑後国久留米(福岡県久留米市)のべっこう細工師の長男として生まれた田中久重(幼名・儀右衛門)は、少年時代から発明の才能を発揮し、地元にある神社の祭礼では、当時流行していた糸やぜんまいじかけで動く「からくり人形」の新しいしかけを次々と考案して評判となり、地元の名産である「久留米かすり」の模様織を考案するほどでした。

1824年に諸国遍歴の旅にでかけ、長崎をへて、大坂・京都・江戸でも興行を行い、その成功により日本じゅうにその名が知られようになりました。特に有名なのが1820年代に製作した「弓射り童子」(自分で弓を取り出して弓をつがえ、2m先の的を正確にいぬく)と「文字書き人形」で、これらは、からくり人形の最高傑作といわれています。

1834年には大坂の伏見に移り、同年に折りたたみ式の「懐中燭台」、1837年に「無尽灯」(空気ポンプを利用したランプ)などを考案し「からくり儀右衛門(ぎえもん)」と呼ばれて人気を博しました。その後京都へ移り、1847年に天文学を学ぶために土御門家に入門、天文学の学識も習得した久重は、嵯峨御所より最も優れた御用時計師職人に与えられる「近江大掾(だいじょう)」の称号を授かりました。「精巧堂」という店舗をかまえると、革新的和時計である須弥山儀(しゅみせんぎ)を製作し、1851年には、6面ある文字盤に、洋式時刻、和式時刻、二十四節気、七曜、月の満ち欠け、干支が全自動で動く、世界初となる「万年時計」を完成させました。

やがて、佐賀藩に招かれた久重は、1853年に日本初のアルコール燃料で、実際に動く蒸気機関車や蒸気船の模型を製造しています。

1873年に上京すると、2年後に東京・京橋に民間で初となる機械工場である田中製造所を設立、久重は1881年に82年の生涯に幕を閉じましたが、養子の田中大吉(2代目久重)が引きついで芝浦に移転、芝浦製作所となりました。これは後に東京電気と合併、現在の東芝に成長していきます。


「9月18日にあった主なできごと」

1927年 徳冨蘆花死去…長編小説『不如帰(ほととぎす)』を著し、一躍ベストセラー作家となった明治・大正期の作家で随筆家の徳冨蘆花が亡くなりました。

1931年 満州事変勃発…満州の支配をねらう日本陸軍の関東軍は、中国の奉天郊外の「柳条湖」付近で、満州鉄道の爆発事故をおこしました。これを中国のしわざとして軍事攻撃を開始し、数日のうちに満州南部を占領。しかし、中国側から依頼を受けた「国際連盟」は、中国に調査団を送って1932年3月に「満州国を認めない」決議をしたことに日本は反発、国際連盟を脱退しました。中国は同年5月に結ばれた協定により、「満州国」の植民地支配を認めました。

投稿日:2013年09月18日(水) 05:24

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)