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『動物の謝肉祭』 のサン=サーンス

今日10月9日は、フランスの新古典派の作曲家で、さまざまな分野でその能力を発揮したサン=サーンスが、1835年に生れた日です。

パリの官吏の家に生まれたカミーユ・サン=サーンスは、幼いころから音楽の天分をあらわし、2歳でピアノを弾き、3歳で作曲をしたといわれるほどの神童でした。1846年の初の演奏会では、バッハ、モーツァルト、ベートーベンらの作品を暗譜で弾いて聴衆を驚かせました。

1848年に13歳でパリ音楽院に入学して作曲とオルガンを学び、卒業後は作曲家兼オルガニストとして活躍。オルガンの即興演奏に特に優れ、1858年には、当時のパリのオルガニストの最高峰といわれたマドレーヌ教会のオルガニストに就任、20年間もその職をつとめました。そのかたわら、ニーデルメイエル音楽学校のピアノ教授として、フォーレやメサジエらを教え、1871年にはフランク、フォーレらとともにフランス国民音楽協会を設立し、フランス音楽普及のために力をそそぎました。

音楽史上、サン=サーンスほどさまざまな分野で能力を発揮した人物はいないといわれています。オルガンの壮麗な響きが加わることで知られる『交響曲第3番』、名手サラサーテにささげた叙情的名曲『バイオリン協奏曲第3番』、歌劇『サムソンとデリラ』、友人のルビンシュテインとの共演で発表された『ピアノ協奏曲第2番』など数々の作品を残した作曲家、オルガニストでピアニスト、指揮者、音楽学者、評論家として一家をなしたばかりでなく、ラテン語を解して、天文学や占星術にたけ、詩や小説を書き、絵画、科学、哲学にも通じていました。しかも旅行好きで、社交上手のきっすいのパリっ子でした。

最も有名な作品は、1886年51歳のときに作曲した『動物の謝肉祭』でしょう。ウィーンへの演奏旅行の途中に謝肉祭にであい、その印象をさまざまな動物が登場する管弦楽曲にしたものです。1・序奏とライオンの行進 2・おんどりとめんどり 3・ろば 4・かめ 5・ぞう 6・カンガルー 7・水族館 8・耳の長い登場人物 9・森のカッコウ 10・鳥 11・ピアニスト 12・化石 13・白鳥 14・終曲 以上14曲からなり、13曲目の『白鳥』は、チェロの独奏に編曲され、静かに澄んだ湖水の面に浮かんだ純白の白鳥を描いた名曲として、特によく知られています。

1921年に86歳で亡くなったとき、フランス政府が国葬を行ったことは、その驚くべき才能に敬意を払ったためといわれています。当時の作曲家ブラームスやチャイコフスキーほどの人気をえられませんでしたが、最近になってサン=サーンスを再評価する動きが出はじめ、ピアノ作品全集の出版ばかりでなく、演奏会の曲目にひんぱんに見かけるようになっています。


「10月9日にあった主なできごと」

1547年 セルバンテス誕生…ユーモア、風刺、空想に満ちた作品『ドン・キホーテ』を著したスペインの作家セルバンテスが生れました。

1874年 万国郵便連合スタート…さまざまな国の人々が、国際交流や協力ができるように、世界の加盟国間に安い料金で郵便が送れる「万国郵便連合」(UPU)ができました。日本は1877年2月にUPUに加盟しました。

1946年 男女共学の実施…文部省(現・文部科学省)は、「国民学校令」の一部を改め、男女共学の実施を指示しました。それまでは別々にされていた男子と女子の授業は、同じ教室で受けるようになりました。

投稿日:2012年10月09日(火) 05:21

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)