児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ Top >  今日はこんな日 >  「豊後聖人」 三浦梅園

「豊後聖人」 三浦梅園

今日8月2日は、江戸時代中期の思想家・自然哲学者の三浦梅園(みうら ばいえん)が、1723年に生れた日です。

豊後(ぶんご)国(今の大分県国東市)に代々医者を営む家に生まれた梅園は、年少のころから天地万物のあらゆる現象に疑問ををもちはじめました。「お日さまって何なのだろう。あんな高いところにいて、どうしてひとりで動いていくのだろう。また、どうして毎日決まりよく同じ道を通っていくのだろう。お月さまも、お星さまも…」「目はなぜ物を視ることができるのに、なぜ聴くことができないのだろう」──等など、こんな疑問を生涯もち続け、ときにはノイローゼになるほど苦しみながらも、1789年に67歳で亡くなるまで、ほとんど師らしい人につかず、学問の流派にも属することなく、宇宙や自然のなりたちを考え続けた人物です。郷里を離れたのは、ヨーロッパの科学思想にふれるために長崎へ2度でかけたのと、伊勢参りだけだったそうです。

20歳のころには西洋の天文学の書を読み、天球儀を自作して宇宙の原理を学び、30歳のころに、天地万物の自然現象には根本原理があることに気づき、その原理を「条理」と名づけました。そしてその条理探求の書『玄語』の初稿を著しました。そして、以後20年以上も費やして53歳のころ、膨大な宇宙論をほぼ完成させました。

梅園は、そのほかに中国や日本の医書、杉田玄白らによる西洋医学書の『解体新書』などを引用しながら論じた「贅(ぜい)語」、人の生きる道を説いた「敢語」があり、特に「贅語」「敢語」「玄語」は「梅園三語」と呼ばれています。これ以外にも、詩学概論、経世論、医学書、読書日記などを遺しています。

慎み深く、誠実な人柄に、梅園は「豊後聖人」としたわれていましたが、高い地位や名誉などを求める望みはなく、自藩や他藩からの招きにも応ずることはありませんでした。そのため、生前はほとんど知られることはありませんでしたが、明治の終わりになって、その学問体系は三枝博音らによって高く評価され、世間に広く認められるようになり、その旧宅や梅園三語、天球儀、顕微鏡、遺稿は国の重要指定文化財となって保存されています。


「8月2日にあった主なできごと」

1922年 ベル死去…聾唖(ろうあ)者の発音矯正などの仕事を通じて音声研究を深めているうちに、磁石式の電話機を発明したベルが亡くなりました。

1970年 歩行者天国…東京銀座・新宿・渋谷などで、歩行者天国が実施され、ふだんの日曜日の2.4倍もの人びとがくりだしました。この日の一酸化炭素濃度が、ふだんの日の5分の1になったことから、車の排気ガス汚染を食い止め、汚染のない環境をとりもどそうと、全国各地に広まるきっかけになりました。

投稿日:2012年08月02日(木) 05:08

 <  前の記事 「希世の文人学者」 会津八一  |  トップページ  |  次の記事 皿屋敷  > 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://mt.izumishobo.co.jp/mt-tb.cgi/2808

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

         

2014年08月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

月別アーカイブ

 

Mobile

児童英語・図書出版社 社長のこだわりプログmobile ver. http://mt.izumishobo.co.jp/plugins/Mobile/mtm.cgi?b=6

プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)