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俊才を育てた木下順庵

今日6月4日は、江戸時代前期の儒学者で、新井白石や室鳩巣らを育てた木下順庵(きのした じゅんあん)が、 1621年に生まれた日です。

京都の錦小路に生まれた順庵は、幼いころから才気に富んで詩文ををよく作ったといわれ、13歳の時に作った『太平頌(しょう)』は後光明天皇から称賛をえたほどでした。

儒学を藤原惺窩の弟子の松永尺五(せきご)から学んだ順庵は、一時江戸に出たこともありましたが、京都にもどるとその後20年近く東山に居をさだめて読書に励むいっぽう、私塾を開いて門人に教えました。やがて名声があがり、金沢藩主の前田利常に招かれて仕えました。この時順庵は、自分より師である松永尺五の子を推せんしたところ、感心した金沢藩主は、二人とも召しかかえたといわれています。

1682年、62歳になった順庵は5代将軍徳川綱吉に招かれ、幕府の侍講をつとめることになりました。これは、幕府の官学である林家一門以外の学者を登用する道を開いたものであり、家康の一代記『武徳大成記』をはじめ、幕府の編さん事業にもたずさわりました。

順庵の学問は、朱子学に基本を置いていますが、古学にも傾倒したばかりか、朝鮮の文章を好み、中国明の時代に活躍した王陽明の著書を愛読するほど視野の広いものでした。教育者としても特筆され、「木門」という独創的な一派を築き、新井白石、室鳩巣、祇園南海ら「木門十哲」と呼ばれる優れた人材を輩出しました。 1693年に徳川綱豊(後の将軍徳川家宣)の使者が、甲府徳川家のおかかえ儒学者を探しに来たとき、順庵は新井白石を推せんしたといわれています。順庵は1698年に亡くなりますが、門下による「木門」の隆盛は、林家にとっての大きな脅威となりました。


「6月4日にあった主なできごと」

822年 最澄死去…平安時代の初期に、天台宗をひらいた僧最澄が亡くなりました。

1928年 張作霖爆殺…中華民国の軍閥政治家で、奉天派の首領だった張作霖が、日本の関東軍によって爆殺されました。

1989年 六四天安門事件…言論の自由化を推進し「開明的指導者」として国民の支持を集めた胡耀邦の死がきっかけとなって、中国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対して、「中国人民解放軍」は戦車、装甲車を出動させ無差別発砲を行なって武力弾圧。中国共産党の発表は、死者は319人としていますが、数百人から数万人の多数におよんだといわれます。

投稿日:2012年06月04日(月) 05:41

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)