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大帝国を完成させた武帝

今日3月29日は、中国(前漢)の第7代皇帝で、始皇帝がなしえなかった古代帝国を築き上げ、前漢の全盛期をつくった武帝(ぶてい)が、紀元前87年に亡くなった日です。

中国に、紀元前202年からおよそ200年つづいた、「前漢」とよばれた時代がありました。武帝は、この前漢のはじめのころの皇帝です。紀元前141年にわずか16歳で帝位について54年のあいだ国をおさめ、中国を、かつてない大帝国に育てあげました。

武帝は、まず、地方の政治を監視させる役人をふやし、さらに、厳しい制度や罰をもうけて,国内で勢力をふるおうとしている武将たちをおさえつけてしまいました。また、孔子のはじめた儒教を国の学問に定め、これを学んだものだけを役人にとりたてる制度もつくり、国の政治が秩序正しく行なわれるようにしました。

「敵をほろぼし、国を守らなければならない」と考えた武帝は、長いあいだ貢物を取られて頭をさげてきた匈奴と、およそ10年にわたって戦い、うらみのこもったこの強敵を、ゴビ砂漠の北のほうへ追いはらってしまいました。

武帝は、匈奴をほろぼした威力で西方の国ぐにと交わりを結び、のちにシルク・ロード(絹の道)とよばれるようになった、ヨーロッパとアジアとの交易の道をひらきました。そして、勢いのった武帝は、さらに東や南にも遠征し、朝鮮半島に楽浪(らくろう)・玄菟(げんと)・真蕃(しんばん)・臨屯(りんとん)の4郡をおいて支配し、ベトナム北部までも従えるようになりました。

ところが、国を広げることと外交に力を入れすぎたため、やがて財政が乱れてしまい、武帝は,国の金をふやすために塩や鉄の生産を商人の手から取りあげてしまいました。また、国民の税金を重くし、その取りたてを厳しくしました。しかし、その結果は、国の財政は豊かになったかわりに、貧しさに苦しむ商人や農民が国じゅうにあふれ、武帝の政治はしだいにおとろえてしまいました。

武帝がおこなったのは、皇帝の権力をふりまわした専制政治とよばれるものでした。国民一人ひとりの幸せを大切にする、民主主義の政治ではありません。でも、武帝が、いつ襲いかかってくるかもしれない匈奴をうちやぶって国を守ったことは、いまも中国の人びとにたたえられています。武帝が東のほうまで勢力を広めたことは、日本にとっても幸いなことでした。日本と中国は近くなり、やがて中国の文化が日本に伝わってくるようになったのです。


「3月29日にあった主なできごと」

1683年 八百屋お七の刑死…江戸本郷の 八百屋太郎兵衛の娘お七 (八百屋お七) が、放火の罪で、鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処せられました。

1912年 スコット死去…南極点に到達するものの、アムンゼンに先をこされたイギリスの探検家 スコット が遭難死しました。

1925年 普通選挙法成立…従来までは一定の税金を納めた者しか選挙権がなかったのに対し、25歳以上の男子に選挙権を与えるという「普通選挙法案」が議会を通りました。

投稿日:2012年03月29日(木) 05:44

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)