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歴史画の大家・安田靫彦

今日2月16日は、大正・昭和期に、ロマンチックな歴史画を数多く描いた日本画家の安田靫彦(やすだ ゆきひこ)が、1884年に生まれた日です。

東京日本橋の料亭に生まれた安田は、生後まもなく母が亡くなり12歳の時に父も亡くなって、家業は人の手にわたりました。武者絵が好きだった安田は14歳のころ、帝室博物館(現・国立博物館)で法隆寺金堂壁画の複写絵や、日本絵画協会共進会展で、横山大観、菱田春草、小堀鞆音(ともと)らの歴史画作品にふれて感動し、画家になる決心を固めました。

1898年に、小堀鞆音に師事し、同門の仲間たちと8人で紫紅会(のちに紅児会に改称)を結成し、新しい日本画をめざしました。1901年に東京美術学校(現・東京芸大)に進むものの半年ほどで中退し、岡倉天心 に学ぼうと日本美術院研究所に入りました。1907年、第1回「文展」(文部省美術展覧会)に『豊公』を出品して3等賞を得、翌年には『守屋大連』で認められると、日本美術院の国内留学生として奈良で2年間、天心の指導を受けながら古美術を研究しました。そして、1912年の第6回文展に『夢殿』を出品すると、第2等主席となり新しい歴史画家としていちやく注目される存在となりました。

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以後は、1914年に再興された「院展」(日本美術院展覧会) の指導的な立場で活躍し、『御産の祈』『項羽』『御夢』『五号庵の春』『日食』など次々に大正時代を代表する作品を発表しました。身体の丈夫でなかった安田は、旅行がほとんど出来ず、春や秋の気候の良い時でも外光にあたって長時間立っていられないほどだったそうで、そのために風景画をあきらめ、有職故実を深く学び、文学や歴史から受ける体験的な感覚を大切に描いたと語っています。

モダンでロマンチックな独自の画風は、昭和に入ってからもさらにみがきがかけられ、『風神雷神』や、頼朝の挙兵を聞いてかけつける義経を描いた『黄瀬川陣』など、画面構成と色彩の純度に高い評価をうけました。1944年には東京美術学校教授、1948年に文化勲章を受章。1958年には横山大観亡きあと、財団法人となった日本美術院の初代理事長に就任するなど、美術団体のありかたに警鐘を発しながら、1978年に神奈川県大磯の自宅で亡くなりました。


「2月16日にあった主なできごと」

1190年 西行死去…平安時代の末期の僧侶で歌人の 西行 が亡くなりました。西行は、旅のなかにある人間として、また歌と仏道という二つの道を歩んだ人間として、宗祇や芭蕉らたくさんの人に影響を与えました。

1222年 日蓮誕生…鎌倉時代中期の僧侶で、法華経に基づく教えこそが唯一の仏教の真髄と説く日蓮宗(法華宗)を開いた 日蓮 が生まれました。

1883年 天気図…東京中央気象台が、全国11か所の測候所の観測記録を電報で取りよせ、この日わが国で初めて天気図を作成。3月1日からは毎日印刷して発行されるようになりました。

1922年 大隈重信死去…明治時代に参議・外相・首相などを歴任した政治家で、東京専門学校(のちの早稲田大学)を創設させた 大隈重信 が亡くなりました。

投稿日:2012年02月16日(木) 05:17

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)