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真空の発見者・トリチェリ

今日10月25日は、真空の存在を初めて証明したイタリアの物理学者・数学者のトリチェリが、1647年亡くなった日です。

1608年、イタリア中北部のファエンツァに生まれたエバンジェリスタ・トリチェリは、20歳のときローマに出て、数学者カステリのもとで学びました。1638年、ガリレオの著書『新科学対話』を読んで感動したトリチェリは、自身の生きる道は、数学より物理学にあるとさとったトリチェリは、1641年にフィレンツェに移って ガリレオ の弟子となりました。しかし、手助けをしながら共に研究をするものの、翌年ガリレオは亡くなったため、二人の師弟関係はわずか3か月で終わってしまいました。その後トリチェリは、トスカーナ大公に数学者として招かれ、ガリレオの職を継ぎました。

トリチェリを有名にしたの、何といっても「トリチェリの真空」というもので、古代ギリシアのアリストテレスが「この世に真空は存在しない」といわれていた考えを、1643年に真空の存在を証明したことでしょう。およそ10メートルよりも深い井戸から水を直接吸い上げることができないということは古くから知られていましたが、トリチェリはこれを説明するための実験を行ってみました。一方の先端を閉じたガラス管に水銀を満たし、水銀を満たした皿にガラス管を逆さに立てると、水のときの約14分の1の約76cmの高さにしか上がらず、それより上の部分は真空になることを発見したのです。水と水銀の密度の比が約1:14であることから、大気圧によって液体が押されている、と結論づけました。

さらにトリチェリはその翌年、水の入った容器の横に穴をあけて、その穴から流出する水を流す実験を行ってその速さを測り「液体の高さが、4倍、9倍と高くなるにつれて、液体の速さは2倍、3倍となる」という法則(トリチェリの定理)を発見しました。また、初の気圧計を発明したのをはじめ、望遠鏡や顕微鏡の改良、力学的なつりあいの研究など、ガリレオの研究成果をさらに深めていきましたが、残念ながら39歳の若さで亡くなってしまいました。


「10月25日にあった主なできごと」

1637年 島原の乱…島原・天草地方のキリシタンの農民たち37000人が、藩主の厳しい年貢の取立てとキリシタンへの弾圧を強めたことから、少年 天草四郎 を大将に一揆を起こしました。3か月余り島原の原城に籠城して抵抗しました。

1825年 ヨハンシュトラウス誕生…ウインナーワルツの代表曲として有名な『美しき青きドナウ』『ウィーンの森の物語』『春の声』など168曲のワルツを作曲したオーストリアの作曲家 ヨハンシュトラウス(2世) が生まれました。

1838年 ビゼー誕生…歌劇『カルメン』『アルルの女』『真珠採り』などを作曲したフランスの作曲家 ビゼー が生まれました。

1881年 ピカソ誕生…画家であり、彫刻家であり、また歴史家、詩人、学者でもあった情熱的芸術家 ピカソ が生まれました。

投稿日:2011年10月25日(火) 07:21

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)