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「テディベア」 とルーズベルト

今日10月27日は、日露戦争の和平交渉に尽力したことで、ノーベル賞を受賞したアメリカの第26代大統領ルーズベルトが、1858年に生まれた日です。愛称が「テディ」だったことと、次のエピソードにより、熊のぬいぐるみのことを「テディベア」と呼ぶようになりました。

1902年の秋、セオドア・ルーズベルトは熊狩にでかけましたが、獲物をしとめられません。同行していたハンターが瀕死の小熊を追いつめ、とどめの一発を大統領に頼みました。ところがルーズベルトは、「瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神にそむく」として助けたことを、ワシントンポスト記者が美談として新聞に掲載しました。このエピソードにヒントをえたニューヨークのおもちゃメーカーが、熊のぬいぐるみに、ルーズベルト大統領の愛称である「テディ」と名づけて1903年に発売したのが「テディベア」のはじまりです。したがって、「テディベア」は特別な条件のもとに作られた熊ではなく、「熊のぬいぐるみの総称」ということになります。

1858年、ニューヨーク市の名門の家系に生まれたセオドア・ルーズベルトは、幼少時は病弱でした。それを克服するため運動を好むようになり、アウトドアスポーツに熱中しました。1880年にハーバード大学を卒業後に政界入りし、州議会議員に就任。官吏制度改革委員やニューヨーク市公安委員長、海軍次官補などをつとめました。
 
1898年、キューバの支配をめぐっておこったアメリカ・スペイン戦争では、義勇軍をひきいてキューバに従軍、勝利したことで国民的英雄となりました。この戦争により、アメリカはフィリピン、グアムおよびプエルトリコを含むスペイン植民地のほとんどすべてを獲得、キューバを保護国として事実上の支配下に置いたのでした。

1900年、大統領選の副大統領候補として当選、翌年9月に大統領マッキンリーが暗殺されたために、大統領に昇格しました(就任時の42歳と10か月は史上最年少)。在任中、政府としてはじめて大資本の弊害の除去につとめたり、ストライキの際に労働者に有利な調停を行なったことは評価されています。また、1905年には日露戦争で日本とロシア間の調停をつとめ、停戦からポーツマス条約での和平交渉に尽力したことで、1906年にノーベル平和賞を受賞しています。

なお、世界恐慌時にニューディール政策を推し進めたり、第2次世界大戦時に活躍した第32代アメリカ大統領で唯一4選された フランクリン・ルーズベルトとは、いとこ同志です。


「10月27日にあった主なできごと」

1728年 クック誕生…キャプテン・クックのよび名で知られ、世界の海を縦横に走り回って、オーストラリアやニュージーランドの探検・調査などさまざまな業績をのこした18世紀の海洋探検家 クック が生まれました。

1859年 吉田松陰の処刑…「松下村塾」を開き、高杉晋作、木戸孝允ら幕末に活躍した多くの志士を育て、「安政の大獄」で逮捕された長州藩(山口県)の学者 吉田松陰 が処刑されました。

投稿日:2010年10月27日(水) 07:33

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)