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「慶安の変」 と由井正雪

今日7月26日は、江戸3代将軍徳川家光の死後まもなく「慶安の変」というクーデターがおこり、その主犯格の由井正雪(ゆい しょうせつ)が、1651年に切腹自殺した日です。

由井正雪は、現在の静岡市由比の紺屋の子として生まれ、幼い頃から頭のきれる人物といわれ、17歳のとき、楠木正成の子孫という軍学者の弟子となりました。

やがて、神田に軍学塾を開いたところ評判を呼び、弟子の中には大名の子弟や旗本までも含まれるほど人気の道場となりました。一時は3000名もこえる門下生がいたといわれるほどでした。

ところが、さまざまな浪人たちとふれあううちに、幕府の政策に疑問を持つようになり、批判をするようになりました。さらに、経済的に貧しくなりはじめている武士や浪人たちを救うためには、幕府を倒さなくてはならないと考えるようになりました。そして、同志である槍術家の丸橋忠弥、金井半兵衛、熊谷直義らとともに、秘かに各地の浪人たちを集め、江戸・駿府・大坂・京都で兵をあげる計画を立てました。

しかし仲間の裏切りによる密告によって、事前に計画が発覚。正雪は駿府の宿で町奉行の捕り方に囲まれてしまい、自刃したのでした。正雪の仲間たちや、計画に加わった者たちもそれぞれ捕まり、殺されました。これがクーデター未遂に終わった「慶安の変」のあらましです。

この事件は、のちに黙阿弥の『花菖蒲慶安実記』や『慶安太平記』など、歌舞伎や浄瑠璃、芝居の登場人物として広く知られるようになりました。また、この事件は、直後に4代将軍となった家綱が、武断政策から文治政策に転換する契機の一つになったともいわれています。


「7月26日にあった主なできごと」

1881年 小山内薫誕生…明治末から大正・昭和初期に演劇界の発展に努めた劇作家、演出家の 小山内薫 が生まれました。

1945年 ポツダム宣言の発表…アメリカ、イギリス、ソ連(現ロシア)3国首脳の名で、日本に無条件降伏をせまる「ポツダム宣言」を発表しましたが、日本は無視しました。しかし、8月に入って広島と長崎に原爆を投下され、日本と不可侵条約を結んでいたソ連の参戦などの情勢の変化により、8月14日の御前会議で受諾を決めて終戦にむかいました。発表から受諾までの20日間で、およそ38万人もの人が亡くなったといわれています。

1956年 スエズ運河国有化宣言…エジプトにあるスエズ運河は、地中海と紅海を結ぶ国際的な水路です。開通した1869年から100年近くものあいだ、通行料はフランスやイギリスが株を占める万国スエズ運河会社に入り、エジプトには何の利益も受けられませんでした。エジプトのナセル大統領はこの日、スエズ運河国有化を世界に宣言しました。これを不服としたフランスやイギリスは、国際連合に解決を求めましたが、その解決を待たずに両国は、10月にイスラエルと連合してエジプトに戦争をしかけました(スエズ動乱・中東動乱)。これに対して世界中から非難がまきおこり、連合軍は11月に撤退。翌年4月にエジプト国有になって、スエズ運河は再開されました。

投稿日:2010年07月26日(月) 09:12

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)