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下山事件

今日7月5日は、連合国の占領下にあった1949年、日本国有鉄道(JRの前身─国鉄)の下山総裁が出勤途中に失踪した日です。

下山総裁は、朝8時20分に大田区の自宅を出て、千代田区丸の内にある国鉄本社へ車でむかいました。総裁の車が東京駅近くまできたとき、デパートで買い物をしたいといわれたため、運転手は、日本橋の三越本店へむかいました。しかし、開店前だったため、銀行に寄るようにいわれ、総裁は20分ほど銀行へ入って用事をすませました。そのあとまた三越本店へむかい、9時37分に総裁は車を降りて、中へ入っていきました。

ところが、それきり総裁はどこかに消えてしまったのです。総裁が行方不明になったことは、すぐに警察に知らされ、みんなはけんめいに行方を探しましたが、まったくわかりません。

そして翌日の未明に、常磐線の北千住駅と綾瀬駅の間の線路上で、死体となって総裁は発見されました。調査の結果、ここを通った貨物列車にひき殺されたことが判明しました。この「下山事件」は、事件発生直後から自殺説・他殺説が入り乱れましたが、警察は公式の捜査結果を発表することなく捜査をうちきりました。

当時中国大陸では、国民政府と内戦中の中国共産党軍の勝利が決定的となり、朝鮮半島でも北緯38度線を境に共産政権と親米政権が一触即発の緊張状態にありました。そんな国際情勢の中、日本占領を行うアメリカ軍を中心とした連合国軍は、それまでの民主化政策から、日本が反共の防波堤となるように、対日政策を方向転換しました。

そして、日本経済が安定的に自立するように財政金融引き締め政策を実施しました。その一環として、全公務員で約28万人の人員削減をせまり、そのうち国鉄に対しては、約10万人近い人員整理を要請しました。

1948年1月に実施された戦後3回目の衆院総選挙では、吉田茂 の民主自由党が単独過半数264議席を獲得しましたが、日本共産党も4議席から35議席へと大躍進しました。

共産党系労働組合も、国鉄労働組合もその勢いにのって、この人員整理にもうれつに反対しました。吉田内閣打倒と人民政府樹立を公然とさけび、世の中の情勢は騒然となっていました。下山総裁は人員整理の当事者として国鉄労働組合との交渉の矢面に立って、前日の7月4日には、3万人の従業員に対し第1次解雇通告が行ったばかりでした。

この「下山事件」からほぼ1か月後に、三鷹事件、松川事件があいついで発生したため、これら3事件を合わせ「国鉄三大ミステリー」とよばれています。


「7月5日にあった主なできごと」

1590年 秀吉天下統一…豊臣秀吉 は、小田原城を包囲して北条氏政・氏直父子を降伏させ、最後まで抵抗していた戦国大名をしたがわせて、応仁の乱から120年近く続いた「戦国時代」を終わらせました。

投稿日:2010年07月05日(月) 08:44

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)