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朝鮮戦争

今日6月25日は、北緯38度線を境にアメリカの支援する韓国と、ソ連・中国の支援する北朝鮮に分かれていた朝鮮半島で、1950年に3年半にわたる戦争が始まった日です。

1945年8月15日、第2次世界大戦での日本敗戦によって朝鮮は、1910年の「日韓併合」以来、日本の植民地から解放されました。しかし、自ら独立を勝ち取ることができず、朝鮮半島には、直後に北緯38度以北にソ連軍が進駐し、南半分は上陸してきた連合国軍(実質的にはアメリカ軍)の軍政下に入り、半島は38度線を境に南北二つの体制に移っていきました。

南朝鮮では連合国の軍政に対して朝鮮人が蜂起し、1948年8月15日に李承晩を初代大統領とする「大韓民国」(韓国) の樹立が宣言されました。いっぽう北朝鮮には、9月9日に 金日成 を初代首相とする「朝鮮民主主義人民共和国」が成立したため、朝鮮半島の分裂は決定的なものになりました。

その頃、中国大陸では国・共内戦の末、ソ連からの支援を受けて戦っていた 毛沢東 率いる中国共産党が勝利し、1949年10月1日に「中華人民共和国」が成立しました。敗北した蒋介石率いる中華民国政府は台湾に脱出しました。

朝鮮半島の主権をめぐって緊張状態をつづけていた韓国と北朝鮮でしたが、中華人民共和国を訪問し支援の約束を取りつけた金日成が、軍事境界線を越えて韓国へ侵攻したことで、戦争が勃発したのでした。

こうして韓国側には、アメリカ合衆国軍を中心にイギリスやオーストラリア、ベルギー、タイなどの国連加盟国で構成された国連派遣軍が、北朝鮮側には中国人民義勇軍(中国人民解放軍)が加わり、ソ連は武器調達や訓練などの形で援助しました。

開始当初、北朝鮮軍は朝鮮半島の南のはしまで国連派遣軍を追いつめましたが、アメリカは本土から援軍をおくって盛り返し、中国との国境近くまで、北朝鮮軍をおいこみました。やがて、両軍は38度線付近でにらみあいが続き、1953年7月やっと休戦協定が成立しましたが、平和条約を結ばないまま、軍事的緊張状態は今も続いています。

いっぽう日本は、アメリカが戦争に必要な品々を日本に生産するように要求し、それらを大量に購入してくれたため、戦後の大不況から奇跡の復興の足がかりを得ることができました。この朝鮮特需がなければ、「世界の奇跡」といわれる1950年代半ばから20年近くも続く高度経済成長も、規模の小さなものになったことでしょう。


「6月25日にあった主なできごと」

845年 菅原道真誕生…幼少の頃から学問の誉れが高く、学者から右大臣にまでのぼりつめたものの、政敵に陥れられて九州の大宰府へ左遷された平安時代の学者 菅原道真 が生まれました。

1734年 上田秋成誕生…わが国怪奇文学の最高傑作といわれる 「雨月物語」 を著した江戸時代後期の小説家・国学者・歌人の上田秋成が生まれました。

1956年 宮城道雄死去…琴を主楽器とする日本特有の楽曲(箏曲<そうきょく>)の作曲者、演奏家として世界に名を知られた 宮城道雄 が亡くなりました。

投稿日:2010年06月25日(金) 09:00

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)