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3.1独立運動

今日3月1日は、ちょうど100年前の1910年に朝鮮が日本の植民地になってから10年後の1919年、ソウルで 「独立宣言」 が読み上げられ、日本からの独立運動の口火を切った記念の日です。

日本に統治されるようになってから朝鮮の人たちの多くは、土地や自由を失いました。そのため、日本に反感を持つ人たちは、日本に武力でおさえつけられながらも、ひそかに独立をめざす人がありました。

1912年に第1次世界大戦がおこり、17年に終わると、戦争に敗れたドイツやオーストリアなどの国々におさえつけられていたポーランド、チェコスロバキア、ユーゴスラビアなどがあいついで独立しました。ロシアでは1917年に革命が成功して、帝政ロシア時代におさえつけられていた諸民族も解放されました。

そんな動きに、朝鮮の人たちの独立運動は、満洲やシベリアなど海外でさかんになりました。留日朝鮮人学生たちが東京・神田のYMCA会館に集まって「独立宣言書」を採択したといった情報が流れたり、やがて朝鮮にいる人たちの中にも拡がりをみせはじめていました。そんなおり、日韓併合の前に日本に反旗をひるがえして王位をおわれた高宗(李太王)が亡くなりました。

こうして、高宗の葬儀の行なわれる2日前の1919年3月1日、「3.1独立運動」が起こったのです。「独立宣言書」に署名した宗教指導者ら33名が、京城(現・ソウル)パゴダ公園(現・タプコル公園)に終結し、群衆の前で宣言書を読み上げると、興奮した群集は「万歳(マンセー)」を叫びデモをはじめました。

非暴力・無抵抗路線を予定していたデモも、3月から4月にかけて全朝鮮218郡のうち211郡の地方に飛び火して、延べデモ回数は1500回、参加人数は200万人をこえる人たちが立ち上がったといわれています。地区によっては暴徒化した民衆によって、焼き討ちや暴行・殺戮・強盗と騒乱状態へと拡大していきました。

これに対して日本側は、憲兵や巡査、軍隊を増強して銃火をあびせました。4月末にはデモはほぼ押さえつけられ、5月には鎮圧されました。この朝鮮民族による反日独立運動による死者は7500名、負傷者1万5000名、逮捕者4万6000名といわれています。

韓国では、この反日独立運動のあった3月1日を「三一節」として祝日にしています。


「3月1日にあった主なできごと」

1871年 郵便制度開始…これまでの飛脚制度にかわって、前島密 を中心に欧米の制度にならった郵便制度をとりいれ、日本に郵便制度をスタートさせました。

1892年 芥川龍之介誕生…『蜘蛛の糸』『杜子春』などの童話や、『地獄変』『河童』『奉教人の死』など百数十篇もの名作をのこした作家 芥川龍之介 が生まれました。

1954年 第5福竜丸被爆…南太平洋にあるビキニ環礁で行なわれたアメリカ水爆実験で、危険水域外で漁をしていたにもかかわらず、日本のマグロ漁船第5福竜丸の乗組員23人全員が放射能を浴びる「ビキニ事件」がおきました。9月には無線長の久保山愛吉さんが亡くなったことで、原水爆禁止運動が高まりました。第5福竜丸の船体は、東京・江東区にある「夢の島公園」に展示公開されています。

投稿日:2010年03月01日(月) 09:07

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)