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大文豪・夏目漱石

今日12月9日は、『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』などの小説で、森鴎外 と並び近代日本文学界の巨星といわれる夏目漱石が、1916年に亡くなった日です。

夏目漱石は、東京の牛込(新宿区)に、1867年、8番目の子として望まれない生を受けました。そのため、生まれるとすぐに里子にだされるなど、愛情の薄い子ども時代をすごしました。そんな肉親の愛に恵まれなかった体験が、他人への愛に敏感な、内向的で非情な人間観が養われたといわれます。

漢文の好きな少年時代をすごした後、大学予備門(第1高等学校)に入学してから 正岡子規 と知り合い、漢詩文を通じて親交を結び、俳句の手ほどきを受けながら文学に親しむようになりました。そして、帝国大学(東京大学)英文学科に入学したころから、英文学研究を生涯の仕事と考えるようになりました。

大学卒業後は、松山や熊本で英語教師を勤め(松山での英語教師の体験は『坊っちゃん』に生かされています)、1900年に文部省から英語研究のためイギリス留学を命じられました。3年間の留学生活を送りながら、英文学者としての道を歩んでいきました。

帰国後、帝国大学の教師として英文学を教えながら『吾輩は猫である』を子規の主宰する俳句雑誌『ホトトギス』に発表しました。するとこれが大評判になり、さらに『坊っちゃん』『草枕』などの作品で作家としての地位をしっかり築きました。

その後は朝日新聞社に専属作家として入社し、『三四郎』『それから』などを掲載し、今も読みつがれている名作の数かずを生み出していきました。

なお、漱石の詳しい生涯につきましては、、いずみ書房のホームページで公開しているオンラインブック「せかい伝記図書館」第34巻 「夏目漱石」 をご覧ください。

また、漱石の作品や評論などのほとんどは、オンライン図書館 「青空文庫」 で、読むことができます。

 

「12月9日にあった主なできごと」

1159年 平治の乱…当時源義朝らの源氏と、平清盛らの平氏の2大勢力がしのぎをけずっていました。この日、平治の乱がはじまり、源義朝は殺害され、その子の 頼朝 は捕えられて、平氏は全盛期を迎えることになりました。
 
1860年 嘉納治五郎誕生…講道館柔道の創始者であり、日本のオリンピック初参加に尽力するなどスポーツの海外への道を開いた 嘉納治五郎 が、生まれました。

1867年 王政復古の大号令…討幕派である薩長の武力を背景に、天皇親政をうたいあげた王政復古の大号令が発せられられました。幕府・摂政・関白を廃止し、総裁、議定、参与の3職をおき、神武天皇の昔にもどり、身分の別なく天下のために努力せよ、といった内容が盛りこまれていて、その後の政治の性格を規定するものでした。これにより、薩長は、徳川の実権を完全に奪い取ることに成功しました。

1945年 農地改革…連合国軍総司令部(GHQ)は、占領政策として経済構造の民主化をはかりましたが、そのひとつが、この日指令された「農地改革に関する覚書」(もうひとつは財閥解体)。47年から49年の間に、全国260万町歩の小作地のうち200万町歩が自作農に解放され、地主制はほぼ壊滅することになりました。

投稿日:2009年12月09日(水) 08:52

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)