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モンロー宣言

今日12月2日は、アメリカ合衆国(アメリカ)の第5代大統領ジェームズ・モンローが、1823年の議会で、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱した日です。この提唱は「モンロー宣言」とよばれ、アメリカ外交の基本方針となりました。

1800年代がはじまったころ、フランスの ナポレオン がヨーロッパじゅうに勢力を伸ばしましたが失脚し、1814年に各国の代表がウィーンに集まって「ウィーン会議」を開きました。オーストリアの首相メッテルニヒが中心となって、何もかもナポレオン以前の姿に戻し、国民の自由や独立などをおさえつけようと「神聖同盟」をこしらえたのです。

ところが、中央アメリカや南アメリカ(ラテンアメリカ)では、主にスペインの植民地だった国ぐにが次々に独立の旗をあげました。1816年アルゼンチン、1818年チリ、1821年コロンビア、ペルー、メキシコというぐあいです。スペインは、これらの独立運動を鎮圧しようと、「神聖同盟」に助力を求めました。

メッテルニヒら「神聖同盟」は、ロシアやプロシア、フランスに働きかけて、ラテンアメリカの国ぐにの独立を押さえこもうとしました。このとき、世界の海運国の王者を自認していてたイギリスは、ラテンアメリカが独立すれば自国の市場とすることができると考えたのでしょう。独立を容認しよう、とアメリカに働きかけていました。

こういう背景のもとに、「モンロー宣言」が提唱されたのです。この提唱には、ヨーロッパ勢力と植民地間の戦争に対してアメリカは中立を保ち、植民地を新たにこしらえることや、アメリカ大陸の独立国家への干渉もアメリカへの敵対行為と見なすということも意味していました。

モンロー宣言は、いわばヨーロッパの列強に対するアメリカの「アメリカ大陸縄張り宣言」を意味していました。このモンロー主義は、その後の大統領にも引き継がれ、アメリカの国力のさらなる増大にともない、19世紀末には「モンロー主義は時代遅れ」といわれるようになりました。そしてアメリカは太平洋へ、世界じゅうへと勢力拡大に乗り出していくのです。

 

「12月2日にあった主なできごと」

1547年 コルテス死去…メキシコに高い文明を誇ったアステカ帝国を滅ぼした コルテス が亡くなりました。

1804年 ナポレオンの戴冠式…パリのノートルダム寺院において、ナポレオン が皇帝となる戴冠式が行なわれました。ナポレオンは、自らの手で王冠を頭上に置き、王妃の頭上にも置きました。王冠は、法王から授かれるものではなく、自分の手で獲得したものであることを強調したものでした。この華やかな模様は、ルーブル美術館とベルサイユ宮殿にあるダビッドの名画に描かれています。

1929年 北京原人の頭骨発見…北京郊外の周口店にある洞窟の中で、人類の頭蓋骨の化石が見つかり、北京原人と名づけられました。北京原人はアフリカ大陸に起源を持つ原人のひとつですが、現生人類の祖先ではなく、何らかの理由で絶滅したようです。この北京原人遺跡は1987年にユネスコの世界遺産として登録されました。

投稿日:2009年12月02日(水) 09:20

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)