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避雷針を発明したフランクリン

今日6月22日は、アメリカ独立に多大な貢献をした政治家、外交官、また著述家、物理学者、気象学者として多岐な分野で活躍したフランクリンが、1752年にたこを用いた実験で、雷が電気であることを明らかにした日です。

ベンジャミン・フランクリンは、息子のウィリアムを連れて、フィラデルフィアの町はずれにある牧場へ急いでいました。

『フランクリンは、いまにも、かみなりが鳴りそうな空に、針金をとりつけた布のたこを上げました。たこ糸には、手もとのところに電気を通さない絹のリボンを結びつけ、たこ糸とリボンのあいだに、かぎをつるしました。そして、電気をためるライデンびんにそのかぎをつないでおきました。

まもなく、暗い空に、いなずまが走り、電気をおびたたこ糸が、毛ばだつのが見えました。思いきって、手をかぎに近づけてみると、手とかぎのあいだに小さな電光が飛ぶのも見えました。

フランクリンは、たこをおろして家にとんで帰り、ライデンびんにベルをつないでみました。すると、思ったとおり、ベルは鳴りはじめました。

「いなずまは、やはり、宇宙の電気だったのだ。それなら、もう、かみなりが落ちるのをおそれることはないぞ。高い鉄の柱を立てておけば、落ちてきたかみなりは、みんな地下へにげてしまう」

実験に成功したフランクリンは、かみなりが電気であることを証明すると、避雷針を発明しました』


以上『』内の記述は、いずみ書房ホームページで公開しているオンラインブック「せかい伝記図書館」第6巻「フランクリン」から引用したものです。(フランクリンの詳しい生涯を記していますので、ぜひアクセスしてみてください)

電気に興味を持ったフランクリンが、1752年、雷を伴う嵐の中で凧をあげ、凧糸の末端にワイヤーで接続したライデン瓶により雷雲の帯電を証明するという有名なエピソードです。そして、雷の電気はプラスとマイナスの極性があることも確認したといわれ、この命がけの研究結果によってフランクリンは、イギリス科学者最高の権威であるロンドン王立協会の会員となりました。

この年の10月フランクリンは、避雷針の立て方を新聞に発表。これが今も使われている、空中放電を起こしやすくするために先端を尖らせた棒状の導体「避雷針」なのです。


「6月22日にあった主なできごと」

1633年 ガリレオ終身刑…イタリアの物理学者 ガリレオ は、宗教裁判で終身刑を言い渡されました。当時、地球は動かず太陽が地球を回っているという「天動説」がローマ教皇庁の考えでした。しかし、ポーランドの天文学者 コペルニクス のとなえた「地動説」を支持、みずからの観測を重ねて本に著したことで、教会の怒りをかい、罰せられたのでした。(まもなくトスカーナ大公国での軟禁に減刑) 病身だったガリレオは、厳しい取調べに、天動説を認める書類に署名しましたが「それでも地球は動いている」とつぶやいたといわれます。なお、この判決が359年後の1992年、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は、教会の誤りを公式に認めました。

投稿日:2009年06月22日(月) 09:04

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プロフィール

酒井 義夫(さかい よしお)
酒井 義夫(さかい よしお)

略歴
1942年 東京・足立区生まれ
1961年 東京都立白鴎高校卒
1966年 上智大学文学部新聞学科卒
1966年 社会思想社入社
1973年 独立、編集プロダクション設立
1974年 いずみ書房創業、取締役編集長
1988年 いずみ書房代表取締役社長
2013年 いずみ書房取締役会長
現在に至る

昭和41年、大学を卒業してから50年近くの年月が経った。卒業後すぐに 「社会思想社」という出版社へ入り、昭和48年に独立、翌49年に「いずみ書房」を興して40年目に入ったから、出版界に足を踏み入れて早くも半世紀になったことになる。何を好んで、こんなにも長くこの業界にい続けるのかと考えてみると、それだけ出版界が自分にとって魅力のある業界であることと、なにか魔力が出版界に存在するような気がしてならない。
それから、自分でいうのもなんだが、何もないところから独立、スタートして、生き馬の目をぬくといわれるほどの厳しい世界にあって、40年以上も生きつづけることができたこと、ここが一番スゴイことだと思う。
とにかくその30余年間には、山あり谷あり、やめようかと思ったことも2度や3度ではない。なんとかくぐりぬけてきただけでなく、ユニークな出版社群の一角を担っていると自負している。
このあたりのことを、折にふれて書きつづるのも意味のあることかもしれない。ブログというのは、少しずつ、気が向いた時に、好きなだけ書けばいいので、これは自分に合っているかなとも思う。できるかぎり、続けたいと考えている。「継続は力なり」という格言があるが、これはホントだと思う。すこしばかりヘタでも、続けていると注目されることもあるし、その蓄積は迫力さえ生み出す。(2013.8記)